横浜 ベイスターズ de。 株式会社横浜DeNAベイスターズ

「横浜DeNAベイスターズオリジナル背景」公開!

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プロ野球で4年目を迎えた今シーズン、25歳の若さで22年ぶりのリーグ制覇、そして日本一を目指すチームのキャプテンに抜擢された選手がいる。 横浜DeNAベイスターズの佐野恵太だ。 2016年のドラフト会議で「セ・リーグ最下位指名」という滑り込む形でプロの舞台にたどりついた。 いかに低評価を覆し、若くして球団の顔にまで上り詰めたのか。 立ちはだかる壁は乗り越えられるものと信じて、バットを振り続けてきた野球人生があった。 」をラミレス監督と一緒に掲げる 2019年12月、横浜ベイシェラトンホテル&タワーズの最上階で、佐野は監督のアレックス・ラミレスから、こう告げられた。 「次のキャプテンをやってもらおうと思っている」 何を伝えられるか、予期していたところもあった。 その1週間前、ラミレス監督の通訳、丸山剛史から着信があった。 「監督が食事をしようと言っています。 予定は大丈夫ですか」 2015年から5シーズンにわたって主将を務めてきた筒香嘉智(現レイズ)が、米大リーグに挑戦することも決まっていた。 必勝祈願を終えてポーズを取るラミレス監督と新主将の佐野=2020年3月 誰が次のキャプテンに指名されるのか。 そんなタイミングだった。 「もしかしたら(キャプテン就任は)あるかもしれないという予感はしていたけど、あの電話で確信した。 ドキドキしながら(食事に)行きました」 ラミレス監督との初めてのランチは和やかに過ぎていった。 輝かしいシーズンの始まりを祝すような、横浜の美しい街並みが眼下に広がっていた。 運命の日 吉報はまだか 異例の抜てきを受けた佐野だが、入団時に寄せられた期待は決して大きくはなかった。 2016年10月20日、第52回ドラフト会議。 佐野は同じ明治大学野球部の仲間とともに食堂で指名を待っていた。 まずはキャプテンを務めていたエース柳裕也が中日から1位で指名を受けた。 続いて、星知弥もヤクルトの2位に決まった。 佐野の名前はなかなかアナウンスされなかった。 柳や星の指名からすでに2時間近くが過ぎた。 同じモニターで見守っていた仲間たちがそわそわしはじめる。 指名はすでに8巡目にも入り、選択終了をする球団も出てきていた。 あきらめの空気が、食堂に漂い始めていた。 「残りもの」についに指名が そのころ、ドラフト会議の会場では、ベイスターズの高田繁ゼネラルマネージャーが、三原一晃球団代表にこう切り出していた。 「もう一人だけ、いいかな」 ラミレス監督を中心にガッツポーズする新入団選手。 後列右端が佐野=2016年11月 打力の評価はすこぶる高い。 だが主に外国人が務める一塁が守備位置ということで、ここまで指名は避けられていた。 そんな佐野の名前が、ベイスターズの卓上でついに挙がった。 「DH制度があるパ・リーグの球団が指名するのではないか」。 スカウト陣にはそんな読みもあったが、この段階まで残っていた。 やがて、ベイスターズ9位での指名を知らせるアナウンスがドラフト会場に響いた。 佐野にも吉報が届く。 「もう頭が真っ白で覚えていない」。 支配下登録選手87人中、84番目。 セ・リーグの中では最後の指名選手だった。 野球一家 まるで「巨人の星」 佐野は岡山県で生まれた。 豪快なフルスイングが持ち味である左の強打者は、物心つく前からすでにバットを握っていたという。

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新主将はドラフト最下位だった 横浜DeNA・佐野の信念

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横浜DeNAベイスターズの近年の人気は凄まじい。 それ以降、観客動員数は伸び続け、2011年の約110万人から、2018年には球団創設以来初の200万人を突破。 ファンクラブ会員数は、7年間で14倍にまで成長した。 その驚異的な成長を支えたのは、コアである30代~40代の男性ファンだけでなく、「女子ファン」も挙げられるだろう。 DeNAによる買収後すぐに横浜DeNAベイスターズのファンになったというAさん(20代後半・女性)は、「最初のころは、休日のデイゲームでも球場はガラガラだったんです。 今では、チケット争奪戦ですよ」と話す。 その変化のワケは。 ここまで横浜DeNAベイスターズのファンが増えた要因として、「中畑監督の功績は本当に大きかった」とAさんは語る。 「チームがどれだけぼろ負けしても、中畑監督は絶対にインタビューに答えて、面白い話をしてくれた。 それを、テレビのスポーツ番組でも取り上げてもらえた。 酷い負け方をしたらインタビューに応じない監督もいるのに、中畑監督はいつでも明るくて面白かった」 そういった中畑前監督の精神は、選手にまで徹底されていたという。 「試合前、エキサイティングシート(横浜スタジアムで最も高額の席。 段差になっていて、前方に行けば行くほどグラウンドに近い高さで試合を観戦することができる)には必ず人気選手が来てくれて、サインを書いてくれるとか、ファンサービスをしてくれた。 キャンプ地にまで追いかけて行っても、いつでも対応してくれて。 二軍もそう。 選手がみんな、ファンを大切にしてくれてとにかく嬉しかった。 ラミちゃん(ラミレス現監督)になっても、それは変わらない」 たとえチームの戦績が悪いときでも変わらない監督・選手陣の態度に、ファンは喜びを感じる。 「どんなに弱くても負けても、いつも明るく元気に頑張っている姿を見ると、もっと応援したくなるんです」。

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横浜DeNAベイスターズアンテナ

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現在の仕事 プレスリリースの執筆やマスコミ取材の調整、広報物のチェックなどが主な業務です。 弊社の広報・PR部は宣伝部の機能も持ち、各種の広告ビジュアルの制作や展開先の選定も内部で行っています。 またシーズン中、チームに帯同し、各スポーツメディアとやり取りする「チーム付き広報」の役割も担っています。 入社から今の業務に就くまでの1年間は、同部署内で広告やポスター等の制作業務を担当していました。 印象深い案件は、球団オリジナルデザインのマンホールの制作に携わったことです。 企画立案はもとより、監督官庁との折衝まで行いました。 設置まで数々の苦労がありましたが、自ら関わった制作物を実際に見ることができるのは、この仕事の魅力と言えますね。 入社してよかったこと 人材が豊富で、風通しがいい。 これほど働きやすい環境とは思いませんでした。 個人的な成長で言えば、球団イベントの主担当となるプロジェクトが強く印象に残っています。 準備期間中は広報業務と離れた業務内容をこなさなければならず、苦労が絶えませんでした。 しかしながら社内外含めて多くの方と協力し、イベントを運営できたことに加え、来場されたお客様や関係者の笑顔を見ることができ、大きな達成感を味わいました。 この案件において、一つ先のステップに上がれたと実感しました。 一方、本業の広報業務では、制作業務、メディア露出などひとつひとつの業務で苦労と達成感を味わっています。 何を目的に、誰に向けて作るのか。 スケジュール管理から露出まで責任を負い、横浜DeNAベイスターズのブランドを背負って世に出していく。 まさに「やり遂げた」と言える業務だと受け止めています。 現在の仕事 MDとはマーチャンダイジングの略です。 MD部では、球団オフィシャルグッズおよび、「+B(プラス・ビー)」の商品企画・販売を行っています。 +Bは「日常に野球を+する。 」をテーマとしたライフスタイルショップで、日常生活で使いたくなるような良質な雑貨や洋服を取り扱っております。 私の役割は、商品企画から販売における戦略策定および、オフィシャルショップ、+B、オフィシャルwebショップといった店舗を、トータルで管理しています。 中でも経営陣から期待されているのは、全体としての戦略策定・実行であり、数年で売上を倍増することを目標に掲げ、「できることはすべてやる」という姿勢で日々取り組んでいます。 入社してよかったこと 会社はいわゆる中小企業の規模で、個々の専門性を活かしつつも、新しい領域の業務にもチャレンジしており、前職に比べ業務や責任の範囲が拡大しました。 プレッシャーもありますが、それを超えた「任されるやりがい」を感じます。 また、これまでのビジネスとは違い、メディアでの取り上げられ方や一人ひとりのファンの表情などで成果を計れることも、仕事の魅力となっています。 入社後のここ数年で印象に残った出来事は、観客動員の大幅増です。 私は前部署でマーケティング全体を管轄しており、分析に始まり、マーケティング戦略の策定から各部署への落とし込みまで行いました。 動員増という結果は各部署の努力によるものですが、マーケティング戦略の策定の部分で多少は貢献できたのかなと考えています。 その中で私の所属するチケット企画グループは、観客動員アップや、チケット売上増のための施策を行っています。 観客の増減はチームの好不調はもとより、天候や曜日、ナイターかデーゲームかなど、様々な要因の影響を受けます。 誤解を恐れずに言えば、チームの強さ=動員ではない部分もあります。 ひとつの事業として、前出の要因に関係なく、安定したチケット売上、動員を実現する。 それが私たちのミッションです。 そのミッションの達成には、1シーズン、1試合ごとの分析が欠かせません。 どういう試合で、どんなチケットが、どのくらい売れたのか。 データを元に設計し、綿密な打ち手を考え、その施策を企画立案するだけでなく、管理・運営まで行っています。 入社した理由 小さい頃からプロスポーツ全般に興味があり、プロ野球は大好きでした。 大学もスポーツビジネスを専攻し、プロスポーツの世界で働くことが生涯の夢となっていきました。 中でも現職のような観客動員に携わる仕事は憧れでした。 ただ残念ながら、新卒当時はそうした分野の募集はなかなか見つからない時代。 そこでまずはスポーツから離れて就職して社会人経験を積み、力がついたタイミングで転職をしよう・・・そんな計画を描き、チャンスをずっとうかがっていました。 バックオフィス系の仕事を中心に働くこと、およそ10年。 ついに願いがかなうときがやってきました。 横浜DeNAベイスターズの一般公募に出会ったのです。 念願の分野で念願の仕事に就くことが出来たとき、少し遠回りしたようにも感じる一方で、これまでの経験や身に着けた知識が無駄ではなかったと強く感じました。 入社してよかったこと 就きたい仕事に就けた、まずはそれに尽きます。 さらに大きなイベントを担当させてもらうなど、予想外の業務まで任せてもらえ、プレッシャーを感じながらも良い経験を積ませてもらっています。 振り返ると、ここまで任せてくれる社風に感謝するばかりですが、「この会社で働くこと」に満足してはいけないよというメッセージも込められていたようにも思います。 また、社内はとても風通しが良いため、コミュニケーションも取りやすく、様々な経験を持った社員が、年齢や肩書に寄らず色々教えてくれますし、バックアップしてくれる環境があります。 この人たちと一緒に働けることで、ポジティブに仕事ができていることは間違いありません。

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