さい は て の こと う バグ。 ゲームデバッグのやり方|さい|note

蔡温

さい は て の こと う バグ

プロト「ウッドはやめちくりー」 -- 名無しさん 2013-10-08 01:20:31• 漫画でカーネルがギガフリーズ発動させてダークエリア封印してたね -- 名無しさん 2013-10-17 23:29:44• ネット小説で流星とも戦ってたね、しかも喋れるし -- 名無しさん 2013-10-18 01:42:39• ワイリーも何でプロトの頭脳になろうとしてたんだろ?普通に何らかの方法で操りゃいいだけじゃねえか、そうすれば喰われずに済んだのに -- 名無しさん 2013-10-18 20:36:42• ないか。 -- 名無しさん 2013-11-14 23:16:04• 今思うと、もしもワイリーがプロトと合体してラスボス化したらも見てみたかった気もするな、他のアニメでもみんなやってんだし -- 名無しさん 2013-11-15 00:58:47• アニメだと電脳獣のほうでやってたな。 ワイリー本人ってわけじゃないけど -- 名無しさん 2013-11-15 01:17:14• 周りの電脳世界まで実体化するってどんだけだよ?確かに置物扱いされてたな鷹岬プロト・・・ -- 名無しさん 2013-11-29 15:42:15• ゼータ系でフルボッコ。 -- 名無しさん 2014-01-08 15:08:30• 大正義ゼ ー タ ヨ ー ヨ ー 3 -- 名無しさん 2014-01-08 18:18:08• 形や設定がデリーパー 特にマザー そっくり。 共通の元ネタとかあるんだろか -- 名無しさん 2014-01-08 20:37:52• ニードルマシン -- 名無しさん 2014-03-23 02:12:55• 本家3のガンマとは「ライト 光 博士が生み出したラスボス」という共通点がある -- 名無しさん 2014-05-08 10:11:50• アニメに出なかったのは残念だったな〜 -- 名無しさん 2014-05-13 23:58:51• つーかこいつウッドじゃなきゃ勝てんかった -- 名無しさん 2014-07-07 14:55:56• デジモンのマザーデリーパーとなんか似てる -- 名無しさん 2014-07-07 15:35:35• ランダムメテオ最強説 -- 名無しさん 2014-07-07 15:52:15• ガッツスタイルでごり押ししてたわ -- 名無しさん 2014-09-24 19:02:29• 全ての生き物を思うがままに支配してくれるわ! -- 名無しさん 2014-12-08 13:18:07• 逆にデューオはアニメだと優遇 -- 名無しさん 2014-12-08 13:26:38• キュアハート「プロトジコチューさん!!」 -- 名無しさん 2015-02-11 01:28:39• プロトアームの名前が某赤いレプリロイドに縁のある名前なのは…気にしすぎだろうか -- 名無しさん 2015-02-11 01:51:19• ランダムメテオが異常に有効すぎる・・・カバーもバスターマックスガッツマシンガンで簡単に剥がせたり・・・ -- 名無しさん 2015-02-11 02:17:54• 強さはともかくエグゼで一番ラスボスに相応しかった。 -- 名無しさん 2015-02-11 20:29:22• 漫画の出番たった二回 -- 名無しさん 2015-02-12 19:29:50• アニメの本当のラスボスにだしてほしかった -- 名無しさん 2015-02-15 21:54:51• ゴスペルか!アニメのゴスペルにナビ吸収能力があるからハブられたのか!! -- 名無しさん 2015-02-16 12:57:48• プロトのコアは、フォルテGSの卵です -- 名無しさん 2015-02-25 00:18:39• フォルテGS「オマエの役目は終わった!!」 -- 名無しさん 2015-03-03 08:20:31• 漫画でフォルテに破壊されたのはその報いか -- 名無しさん 2015-03-03 11:52:04• この子が弱すぎたせいで当時次回作のデューオに絶望した懐かしい思い出。 リフレクメットで死ぬグレイガよりはマシだが本当に弱い -- 名無しさん 2015-03-03 12:24:18• ブレン「貪欲で暴食で食いしん坊なアメーバ!!」 -- 名無しさん 2015-09-24 17:59:57• プロト「えっ?出番これだけ・・・?」 -- 名無しさん 2015-11-07 12:28:10• 別に弱い部類ではなくないか?SPの印象が強いせいかもしれないが、初期3作では普通に強豪の部類な気がする。 ゼータ系使えば楽ってのはその通りだが -- 名無しさん 2015-11-07 14:47:26• ランダムメテオ系チップを大量に用意しましょう -- 名無しさん 2015-11-07 18:13:54• ランダムメテオを入れてもゼータ系を使わない限りはデューオ、ネビュラ以外の歴代ラスボスよりは強いと思う。 エグゼ自体難易度はそんなに高くないし、プロトが特筆して弱い部類ってのはどうも腑に落ちない -- 名無しさん 2015-11-07 20:49:48• ハガレンのお父様にも似ている -- 名無しさん 2015-11-17 17:25:33• プロトンビー「こんな終わり方嫌だあああ~~っ!!!」 -- 名無しさん 2016-01-14 12:33:30• 誕生秘話(?)とプログラム捕食能力はちょっとしたホラー -- 名無しさん 2016-04-24 22:41:47• ゴスペル同様、改めてバグの恐ろしさを教えてくれえた存在 -- 名無しさん 2016-04-29 15:48:51• コガラシおじさん「ッウアッ!」 -- 名無しさん 2016-05-03 01:08:58• 温泉ライオンの電脳にプロトバグが初期から出現するのも、後から考えると伏線なんだな -- 名無しさん 2016-05-03 03:52:36• 一個のドデカいバグが電脳獣なのに対して小さなバグが積もり積もった結果がプロトって感じだな。 ゲームのバグで例えるなら電脳獣は一発でデータ消し飛ばすけど、プロトは徐々にプログラム自体が壊されてく感じ -- 名無しさん 2016-05-03 04:12:04• 俺の初エグゼが3だったからな…コイツトラウマなんだよなあ、色んな意味で -- 名無しさん 2016-05-03 04:16:25• またロックマンエグゼのアニメやって本当の本当の最終回でプロトだしてほしいですね -- 名無しさん 2016-09-10 10:29:08• フォルテたちを吸収した時の「ブクン」って効果音がwww -- 名無しさん 2016-12-26 13:09:43• こいつは中ダメージを手早く連打できる攻撃が有効で、オーラがあるフォルテは逆に一発が大きいチップが必要になるっていう防御性能の別方向さが厄介なところ。 カミカゼはプロト戦だと無駄になるし -- 名無しさん 2016-12-27 00:14:57• インターネットがバグでアメーバに変貌、どういう原理でそうなったんだろう? -- 名無しさん 2016-12-27 02:39:42• 脱出する為にもうすぐ出口ってところで、いきなりBGMが消えたと同時にロックマン(と熱斗)を吸収。 これにゾッとしたプレイヤーも多かったのではなかろうか? -- 名無しさん 2016-12-31 01:34:50• プロト復活の前兆でインターネットから色が消えているのもホラー -- 名無しさん 2017-01-03 22:37:15• PAゼータキャノン3を連打すれば案外早く沈む -- 名無しさん 2017-11-03 15:49:08• それがなんでアメーバなのかはわからないが、「原始的な知能」と言われるとアメーバで納得できるな俺は -- 名無しさん 2017-11-03 16:14:52• 前哨戦のフォルテにも対応出来るチップとなるとフミコミクロスあたりだろうか -- 名無しさん 2017-11-21 21:55:18• 「暴走の末いったん破棄された前世界の意思そのもの」というとんでもない設定のボスだよなコイツ。 あとの奴らも宇宙由来の文明監視プログラムとかヒトの悪意の集合体とか凄まじいヤツが揃ってるけど -- 名無しさん 2018-05-21 17:30:28• しかしエグゼ世界のバグはすごいな・・・放置しとくとインターネットがこれになったり、文明滅ぼすような怪獣になったり -- 名無しさん 2018-05-21 18:31:08• 対策すれば撃破は容易だが無策で挑むとよほどの腕前でないとクリア後でも返り討ちに遭いかねない、たぶんシリーズで一番バランスのいいラスボス -- 名無しさん 2020-04-24 14:21:14• 設定的にはこいつこそシリーズラスボスっぽい感じだよな、インターネットそのもので光正、ワイリー、フォルテそれぞれの因縁に関わってると -- 名無しさん 2020-04-28 11:39:49• プロトSPと戦える段階になると、1戦目のただのフォルテが障害物にすらなれてないのが虚しい -- 名無しさん 2020-04-28 20:22:06• レジェンドオブネットワークにも名前のみ登場してるので、忘れ去られたワケではない -- 名無しさん 2020-05-04 14:48:29• これでランダムメテオが威力100より低かったらもう少しフォルテも面倒だったんだけど、よりによってランダムメテオの威力が100あるからフォルテのオーラ破れちゃうからな…そりゃランダムメテオ様様やで… -- 名無しさん 2020-05-04 20:28:50.

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Windows10のシステムホントの「さいとう」の「さい」に注意

さい は て の こと う バグ

生涯 [ ] 以下、日付は、年齢はで表す。 出生と少年期 [ ] 21年(2年)9月25日(10月25日)、那覇の久米村(現在の)において、蔡氏志多伯家十世・と正室・真呉瑞(マゴゼイ)との間に、次男(正室の子としては長男)として生まれた。 を蒲戸といった。 蔡鐸は久米村の最高実力者である総役と呼ばれる地位にあり、蔡温より2歳上の兄として・眞多満の子である蔡淵(童名は次良)がいた。 康熙32年()2月15日、12歳で若秀才 、康熙35年()8月22日、15歳で秀才 となった。 自伝によれば蔡温の少年時代は反抗的で怠け者であったとされる。 蔡鐸は蔡温を後嗣とするつもりであったが、側室を迎える際に長男を産めば後嗣とする約束があったことから真呉瑞が納得せず。 夫婦の見解の相違が少年期の蔡温に影響したものと考えられている。 しかしながら17歳になると学問に目覚め、20歳頃までにをはじめとする多くの書物を読み込んだ。 康熙39年()12月1日、19歳で(通訳)に任命され、21歳で訓詁師(読書の教師)、25歳で講解師(講談の教師)となった。 大陸赴任と国師就任 [ ] 康熙47年()2月7日、27歳で進貢存留役となり、存留通事(現地での通訳)としてのへ赴任することとなった。 同年11月3日に那覇を発ち、11月17日に福州へ入った。 福州琉球館の近くに凌雲寺があり、ここで住職に紹介され「湖広の者」と名乗る隠者に出会う。 隠者から「書物を読み知識を習得しただけでは何の役にも立たない」との指摘を受けの思想に目覚める。 隠者からに関する教えを受け、康熙49年()1月20日に福州を発ち1月29日に帰国した。 帰国後まもなく自ら琉球北部を視察している。 6月21日に都通事に昇格した。 康熙50年()4月、30歳で当時の皇太子の教師である世子師職兼務近習役を任命された。 翌年の7月15日にが死去し尚敬が王に即位すると、 と呼ばれる地位に就任した。 国師は琉球王国において蔡温以前にも以後にも就任した者のない地位であり、琉球国全体を指導する役割を担うことになった。 翌康熙54年()1月27日、34歳で勝連間切神谷地頭職に就任し神谷親雲上 となった。 同年、首里赤平に転居した。 康熙53年()8月1日、33歳で正義大夫となり、同年8月15日に長男の蔡翼が生まれている。 翌年の3月18日、尚敬王が蔡温宅を訪れ、蔡温は自ら茶を点ててもてなした。 同年8月2日、政治や道徳などについてまとめた『要務彙編』を著した。 冊封への対応 [ ] 康熙55年()、尚敬王就任に伴うを求める使節団の副使に選ばれ、2月25日に35歳で申口座(三司官への取り次ぎ役) 、7月23日には末吉地頭職となった。 11月15日に那覇を発ちへ向かったが、途中で暴風に遭い12月2日にへ漂着した。 翌年の1月20日に久米島を発ち、2月2日から7月12日まで福州に滞在し、10月28日に北京へ到着した。 翌年1月8日に北京王府へ貢物を納め、2月27日に勅書を受け取った。 2月29日に北京を発ち、福州を経て8月9日に帰国した。 康熙58年()、38歳で紫金大夫 、末吉となった。 同年6月、清からの冊封船が那覇に到着した。 このとき冊封使の従者が大量の貨物を持ち込み、琉球王府に買い取りを要求した。 しかしながら当時の王府にはこれに対応できるだけの財力がなく、従者たち500名との間で騒動となった。 王府の高官たちは交渉をまとめることができず、対応を蔡温に一任した。 蔡温は琉球王府の状況を説明し、貨物の評価に立ち会い、さらには国中から有価物品を集めるなどして騒動を収めた。 冊封使は翌年2月16日に那覇を発った。 この年の6月13日、蔡温は39歳で三司官座敷(三司官となりうる資格) を認められた。 内政改革 [ ] 康熙61年(7年、)、が日本国内に享保検地と呼ばれるを行うことを命じた。 琉球国内では薩摩藩による支配体制強化の不安が広がったが、蔡温は支配強化にならないものの増税の口実となることを予期し、後にその通りになった。 4年()、尚敬王とその配下305名による琉球北部視察を取り仕切った。 雍正6年()10月、政府高官らの選挙により47歳でに任命される。 雍正8年()に『系図座規模帳』と『大与座規模帳』を、翌年には『位階定』を編纂し制度の成文化を進めた。 『家内物語』はこのころに書かれたとされる。 雍正10年()11月18日、諸役人、農民の道徳規範、生活心得として『 御教条』を公布した。 内容は蔡温が考え豊川親方が筆記したものであり、『家言録』『醒夢要論』『図治要伝』からの引用が含まれている。 各間切や村で毎月1日及び15日に役人の読み合わせ会が開催されたり、百姓への読み聞かせも行われた。 (明治12年)のに至るまでとして用いられた。 雍正11年()、那覇付近に住む職人のために減税を実施した。 このころ、蔡温と対立していたが蔡温を批判する文書を薩摩藩に投書する事件があった。 薩摩藩はこれを取り合わず琉球王府に送り、朝敏とその配下15名が雍正12年()6月29日に処刑されている()。 同、8月に農業の制度や経営について解説した『 農務帳』が著された。 翌年にはで水害が発生し、8月16日に河川改修の指示を受け、8月22日に現地へ入り11月17日に完成させている。 同年12月10日には山林を管理する役を命ぜられた。 元年(元年、)11月13日から翌年3月3日まで自ら琉球北部の山林を巡視し、各地で治山の指導をするとともに山林の管理方法を『杣山法式』にまとめた。 また、この年から元文検地と呼ばれる検地を始めた。 乾隆11年()に『簔翁片言』、翌年9月に『杣山法式仕次』を著した。 乾隆15年()、首里から名護への遷都や名護における運河建設の要求が高まり、これらの論争を収拾させるため名護にを建立した。 同年に『独物語』を著している。 晩年 [ ] 乾隆17年()に尚敬王が死去すると自ら隠居を申し出たが、薩摩藩の指示により三司官を退官するのみに留め職務を継続することになった。 9月29日に三司官の役を解かれ、10月2日に紫地五色花織冠の地位となっている。 乾隆19年()に『醒夢要論』を著した。 乾隆21年()6月には冊封使が訪れ、このときにも蔡温が貨物評価を取り仕切った。 翌年1月29日に冊封使が帰って間もなく、2月21日に76歳で再び隠居を願い出た。 『自叙伝』はこのころに書かれている。 乾隆26年(11年)12月29日(1月23日)、80歳で死去。 人物 [ ] を重んじ、物事を現実的にとらえ、自ら行動する政治家であった。 特に山林の保全や河川改修において現地に赴き自ら指揮を執ることが多かった。 著作として『客間録』、『家言録』、『一言録』、『簔翁片言』、『図治要伝』、『治家捷径』、『居家必覧』、『醒夢要論』、『実学真秘』、『要務秘編』などがあり『澹園全集』と呼ばれる。 他にも『山林真秘』、『御教条』、『家内物語』、『独物語』、『林政八書』、『農務帳』、『自叙伝』などがある。 しかしながら多くの書物はによって失われている。 3回の歴があり、初婚は蔡氏渡久地親雲上政包の娘の思戸金(オミトガニ)であったとされる。 2回目は泊村相氏上運天英章の娘の真如姑樽(マニクダル)であったが死別している。 3回目は首里向氏前川親方朝年の娘で蔡温23歳の年に結婚している。 好物はのカステラ、イチムイ(魚の盛り合わせ)、牛肉などであった。 夜中でも思いついたことを書き留められるよう、寝室にと筆記用具を常備していた。 政策 [ ] 当時の琉球王国はの支配により停滞状況にあったが、蔡温は薩摩藩に従う利点を説き、現実的に対応するよう指導した。 主君であるに対して「との付き合いは難しくないが、薩摩藩との付き合いには十分な配慮が必要」と忠言している。 内政ではの改革を継承し、のちの琉球王国の方向性を定めた。 農業政策 との転換を禁じ、また傾斜地の開墾を制限する一方で、農民に耕地の永久耕作権を与えて農地の地力保護をはかったり、農業用水路の整備を進めたりした。 村やの境界を明確にし土地所有をはっきりさせ、旱魃や暴風に対する食糧備蓄制度を充実させた。 また、農民を組合に所属させ納税の連帯責任を負わせることで農民同士の協力を促すとともに相互監視による税収の安定化をはかった。 この組合組織は後にユヒ組(ユヒマワル、ユイマール)と呼ばれるようになった。 しかしながら蔡温以後に有力な後継者が現れず、これらの政策は十分には浸透しなかった。 林業政策 各島の木材需給状況に鑑み、ある程度の山林を有する島の用材は島内でまかない、山林のない島については中部や北部から供給し、については将来へ向けての予備とする方針を定めた。 また、山林と田畑との境界を明確にして管理を強化した。 を奨励し、海岸部には、、などからなる潮垣と呼ばれる林、内陸部の要所にはマツなどからなる抱護と呼ばれる林を設けた。 さらには森林資源保護のために新しい家や船の建造およびの利用を制限し、まるまる大木の一本を必要とする「くり舟」()の製造を禁止した。 脚注 [ ]• 『蔡温・伝記と思想』 pp. 18-33• 新城俊昭「琉球・沖縄史」• 名護碑文記編集委員会編 『名護碑文記 増補版』 pp. 40-46、名護市教育委員会、2001年• 『蔡温・伝記と思想』 pp. 93-97 参考文献 [ ]• 、真境名安興 『沖縄史の五人』 pp. 133-182、、1974年(1916年『』の復刻版)• 沖縄歴史研究会編 『蔡温選集』 星印刷出版部、1967年• 真栄田義見 『蔡温・伝記と思想』 月刊沖縄社、1976年 関連項目 [ ]• 先代: 1728年 - 1752年 次代:.

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西域都護

さい は て の こと う バグ

未完成エイトビーツ以前の曲の中でトップ争いをする2曲のうちの1つ。 もう片方は悪性新生物。 この曲を初めて聴いた時のことを、他の曲と比べたらかなり覚えています。 イヤホンと蝉時雨と出会った日と同じ日にこの曲に出会いました。 彼のマイリスを巡回していた時です。 「うん?何言ってんだ、この呪文みたいなものは?」 「なんだこの不協和音?」 皆さんもこう思われたと思います。 僕はこの曲を聴く直前に、真夏と少年の天の川戦争を聴いていたので、特にそう思いました。 ですが、聴けば聴くほどクセになる。 僕は3回ぐらい聴いてハマりました。 彼の持つメロディセンス、音の構成、語感。 どれもこれも天才的。 本当に、なぜこのような曲が書けるのか、羨ましいこと限りなし。

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