ねこぢる 旦那。 【ねこぢる】そせじ遅ればせながら読んだけど

ねこぢる追悼ナイト Live at 新宿ロフトプラスワン 1998.11.23(根本敬×白取千夏雄×サエキけんぞう×鶴岡法斎)

ねこぢる 旦那

概要 [ ] 「ねこぢる」はや、、、などを題材にした的な作風を得意とする・の妻であった女性のであり、彼女と山野の二人から成る漫画制作のでもあった。 それまでエキセントリックな『』『』『』や長編怪作『』『』の作者としてカルト的な人気を得ていたの山野一はある日、妻の描いたに「尋常ではない何か」を感じとり、その落書きをもとに妻と『』という短編を共同制作する。 この漫画を山野がの『』に持ち込んだことで「ねこぢる」は世に出ることになった。 ねこぢるの活動期間はからまでのわずか8年間であったが、その特異な作風は「」の枠を大きく飛び越えて当時のからまで幅広い支持を集めた。 没後もやなどのが行われており、現在に至るまでファンを増やし続けている。 ねこぢる名義の発表作品はすべて山野とねこぢるの共作であるが、作品ごとの役割分担ははっきりしていない。 経歴 [ ] 生い立ち [ ] (現:)出身。 を営む裕福な家庭に生まれ、の東鳩ヶ谷団地の近所で育つ。 最初に覚えた言葉は「」で誰に対しても「ばか」と言っていたという。 学歴は不詳だがの証言によれば地元の美容専門学校に通っており、学生時代は(の伝説的な「」「」で活躍していた)のをしていたという。 また当時購読していた発行の漫画雑誌『』を通して、、、などの作家に傾倒。 特にの作品集『』(青林堂)に感銘を受ける。 ねこぢるは知人の知人を通して山野と接触し 、のような形で18歳の時にとする。 結婚後は山野のセミアシスタントとしてなどの単純作業を手伝うが、漫画家になるつもりは全くなかったという。 漫画家デビュー [ ] ある日、ねこぢるが暇を持てあまして画用紙に「奇妙なタコのようなネコの絵」を描いて遊んでいた所、彼女の絵を見たが「言語化不可能なある種の違和感かもしれないけど、大人に解釈されたものではない生々しい幼児性というか、かわいさと気持ち悪さと残虐性が入り交じった奇妙な魅力」 を感じ、その絵をモチーフにした原作を山野が作り、ねこぢるが絵を描いて一本の漫画を創作する。 なお、夫妻とも漫画家としての訓練は一切受けておらず、絵に関しては完全に独学であるという。 この原稿を山野がに持ち込んだところ 、ガロ編集部の(の実妹、のちに担当編集者)や(のちに『』副編集長)から好評を得て『』6月号より『 』の連載を開始する。 この連作の元にもなったデビュー作は、子猫がうどん屋でされて死ぬというだけの内容である。 このデビュー作から夫の山野は「作・山野一 画・ねこぢるし」 の共同名義でクレジットされるようになり、唯一無二の「共同創作者」としての役割を務めることになった。 二人には「極めて微妙」な役割分担があり、ねこぢるの発想やメモをもとに山野がストーリーをにして書き起こし「読める漫画」にまで再構成する役割などを担った(山野はこの作業を「通訳」と述べている)。 これらの連作は、ねこぢる自身の夢の中の体験を基にした支離滅裂で不条理な展開やドラッグ中毒のようにな描写が特徴的である。 には『』6月号でが組まれ、、、、、、、、、、らが批評文を寄稿した。 ~、のをと放浪し、場末のレストランにあったテレビでを知る。 このインド体験は『』として漫画化されており、自殺する直前のにから単行本が出版されている。 なお、夫の山野は事件が発覚する数年前にの栄枯盛衰を描いた『』というを連載していたほか、夫妻ともにに対する造詣が深く、を信奉するは夫妻に強烈な印象を残すことになった。 ブーム到来 [ ] 後半になると、当時流行していたの流れで「ねこぢるブーム」が起こる。 以後、『』『』『』『』『』『』『』『』『』まで漫画雑誌の枠を超えて数多くの媒体で多岐に渡り作品を発表、の宣伝キャラクターまで仕事の幅は非常に幅広かった。 またな絵柄とな作風のギャップからねこぢるの作品は『ガロ』以外の一般読者にも注目されるようになり、若年層や女子中高生の支持も集めたとされている。 とねこぢるは仕事なら何でも引き受ける方針だった為 、ブームによって増えた仕事の依頼を断ることが出来ず、作品の量産とを二人は強いられた。 ねこぢるは次第にになり、 を起こしたり、自殺未遂を繰り返すなど奇行が目立つようになる。 何度も「死は別に怖くない」と周囲に述べ 、編集者にも「死のうと思ったことありますか?」と尋ねたこともあったという。 晩年 [ ] 、原稿依頼をした女性編集者に電話で2時間に渡り「自分はもう好きなものしか描きたくない。 お金になるとかじゃなく描きたいものだけを描いていきたい」 「仕事依頼が殺到して自分の方向性や資質と違うことばかりやらされていて本当につらい。 いきなり仕事量が増えて体力が消耗しきっているので、もうこれ以上何も考えられないし、何もできない」 と現状の不満を打ち明ける。 翌にはの担当編集者に「漫画を描くのは疲れた。 もう漫画家をやめて旦那と一緒にに行って暮らしたい」と電話口で漏らしていた。 午後3時18分、の自宅マンションのトイレにてドアノブに掛けたタオルで首を吊った状態になっているのを夫のによって発見される。 31歳没。 遺体は発見が遅れてが始まっていたという。 1998年5月10日以降 [ ] 詳細は「」を参照 その後もは「 」のペンネームで、ねこぢるワールドを引き継いで創作を続けている。 ねこぢるの死後制作された『』は、『』の各編のシチュエーションをモチーフにした幻想的な作品に仕上がっている。 人物 [ ] ねこぢる自身は素顔や詳細なプロフィールをほとんど公表しておらず、『』1992年6月号のに掲載された彼女の写真のみが一般に素顔を見せた唯一の例である。 容姿・性格 [ ] 夫のは彼女の人物像について「身長153センチ、体重37キロ、童顔…。 18の時出会ってからずっと、彼女はその姿もメンタリティーも、ほとんど変わることはありませんでした。 それは彼女を知る人が共通して持っていた感想で、私もそれが不思議であると同時に、不安でもあったのですが…」「生前彼女は、かなりエキセントリックな個性の持ち主でした。 彼女程でないにしろ、私にも同じような傾向があり、二人ともノーマルな社会人としては全く不適格でした」と寄稿した追悼文の中で述べている。 嫌いなものは嫌い [ ] 交友のあった『』編集者のによると、ねこぢるは基本的に殆どの人間や対象にまるで関心がなく、それらに対する口癖も「つまんない」「嫌い」「相性が悪い」「興味がない」「関心がない」「波長が合わない」など嘘がつけない体質だけに極めてストレートなものだったという。 またそれを素直に口にしてしまう正直者」と評している。 また好意を抱いた人物には「」とも言える行動に出ることもあり、夫・と結婚した経緯も、ねこぢるが山野の住むアパートにまで押し掛けて、そのまま上がり込んでしまったからだという。 吉永いわく山野はねこぢるの「お母さん」のような存在でもあり 、彼女の自殺についても「あそこまで生きたのも山野さんがいたからだとも思う」と語っている。 とねこぢるの関係性について当時『』の編集長を務めていたも「仲が良く、波長が合っている二人」「お互いに心を許せるパートナーと思いました」と語っており、雨の日に喫茶店で待ち合わせした時も、夫妻は相合い傘をしてやってきて、帰りも一つの傘で一緒に帰って行ったと回想している。 自閉的な性格 [ ] の証言によれば、ねこぢるはでに通院しており、出会った頃には既に自閉的な性格が完全に確立していたという。 吉永は彼女の自閉について「精神的に孤立して自分の内面にこもる傾向が育まれたのかもしれない」と推察している。 また『』の担当編集者であった元・現のの証言でも、ねこぢるは殆ど外出せず、喫茶店も嫌いで、お世辞や社交辞令にも敏感に反応してしまい、世間との付き合いは苦手だったという。 その一方で高市のでのがにした時には、高市が山田のをするのでないかと心配して「何でも相談するんだよ」と親身に話を聞いてくれたと述べている。 また「心を見抜かれそう」と緊張していた高市に対して「大丈夫、緊張しないで」と声をかける一面もあったという 乏しい食欲 [ ] ねこぢるにはが存在しなかったようで、彼女については「最期のほうは生きる欲望も薄れていった」とも述べている。 またやに関しても「血の味がするから」と全く食べず 、友人の(元編集者。 に)が勧めたも一口食べて勢いよく吐き出したという。 これに関して生前ねこぢるは「って豚の死体だよね」という感想を夫のに述べており 、漫画の中でもはとして罵られ殺され食べられる程度の存在にしか描かれていない。 強い責任感 [ ] ねこぢるの死後、『』(/)3号で「蘇るねこぢるワールド」という特集が組まれ、ねこぢるに接触した17人の編集者のインタビューが掲載された。 この中で『』編集者の小田倉智は、ねこぢるが自殺する直前に過労で入院していたことを明かしている。 また彼女について担当編集者らは「原稿の締め切りをキッチリと守る人だった。 月に数十本の原稿を抱えながら、締め切りを守るのは至難の業、それをやり遂げたねこぢるはムチャクチャ責任感のある人」「自分の漫画を読んでいる有名人をそれとなくチェックして帯の推薦文の人選を考えたり、10代の子が自分の本をおこづかいで買えるように、価格を下げるように交渉したり、単行本を作る過程でいろいろ知恵を絞っていた」と証言している。 この特集を企画した編集者はこれらの証言を踏まえて「『自分の人気は一時的なもので、すぐ売れなくなる』と、自分の人気に甘んじない冷静さがあったので、彼女は来る仕事を拒まず、なおさら人気漫画家となったのでは」と推察していた。 不規則な生活 [ ] ねこぢるは売れっ子になる前から3日間起き続け、その後丸1日寝るという()に逆らった不規則な生活を送っていた。 その様子は自殺の二日前に描いた遺稿『ガラス窓』でも見ることが出来る。 作風 [ ]• ねこぢる作品の多くは、子供特有の残酷さを持った無邪気な子猫の姉弟「にゃーこ」と「にゃっ太」を主人公とする一話完結型のである(自身を主人公とした『』や『ぢるぢる日記』などのエッセイ漫画でも、作者のねこぢるが猫の姿で描かれている)。 唯一の例外として、短編『つなみ』はヒトが主人公である。 猫の「にゃーこ」と「にゃっ太」を主人公とした連作『 』(画・ねこぢる/作・)は評価が高い。 にゃーことにゃっ太は子供であり、の母と、工場勤務での父を持つ。 にゃーこは喋れるが、にゃっ太は猫の鳴き声でしか喋れないという設定である。 しかし、唯一の例外として初登場回である『かぶとむしの巻』では、にゃっ太が普通に喋る姿が見られる。 ・のはエッセイ『インドぢる』において、このキャラクターの出生について言及している。 それによると、ねこぢるが暇を持てあまして画用紙に落書きをしていた時に、書いていたイラストが「にゃーこ」と「にゃっ太」の原型になっているとのこと。 また山野はにも通じるねこぢるの独特な絵柄について「初期のさんの、何も考えないで描く人間の顔なんかも、当の蛭子さんが無自覚な狂気みたいなものまで、見る者に伝えたりするのと似たようなもの」を感じていたと述べている。 作品中には猫の他にも動物の姿をしたキャラクターが多く登場するが話の舞台は人間世界であることが多く、現実社会におけるタブーや底辺社会を描写したブラックな作品も多い。 また作品中にはやといった違法な薬物もたびたび登場する。 山野によれば、漫画にどうしても反映せざるを得ない人や物を目撃する機会が多く、傍観するような視界の中にそういう人がよく登場するとインタビューで答えている。 また奇妙な人物との遭遇体験は『』などの創作漫画にも強く反映されている。 山野曰く、ねこぢるには「変な人に遭遇する不思議な力」があり、人混みで明らかに怪しい男が遠くから真っ直ぐねこぢるに向かって歩いてきて「おれ、頭ばかなんだ」と言ってねこぢるの腕に掴みかかったというエピソードも存在する。 『3』()に収録された「夢のメモ」からもわかるようにねこぢる自身の夢の中の体験を基にした奇想天外な内容の作品も多数存在する。 一方でねこぢるはエッセイ作品においても「 路上でうんこをしている人を見た」 「 深夜目覚めると知らないおばさんが笑って見下ろしていた」 「 逆L字形をした物体が光りながら移動していた」 といった不可思議な体験を数多く描き残しており、生前のインタビューでも「そういえば夢が外に出てきちゃった時がありました。 夜中に犬にかまれて手を振り払ったら、犬が布団の上にいて、すぐに泡のように消えていっちゃった」と述べたことがある。 これに関しては「 彼女は夢と現実があやふやに混じり合ったような、分裂的な思考回路を持っていた。 たぶん本人の目には見えているのだろう」と語っている。 漫画単行本 [ ] (ねこぢるy)による『おばけアパート前編』()以外の単行本は現在すべてである(ただし没後20年目の10月に全作品を収録した『ねこぢる大全』上下巻がの形で・・にて復刊された)。 また一部の作品はでされている。 「ねこぢる」名義 [ ]• (青林堂 1992~1995 全2巻/文藝春秋 1998~1999 全3巻)• ぢるぢる旅行記・総集編 (青林堂 2001)• (青林堂 2000-2002)全3巻• インドぢる (文春ネスコ 2003)• おばけアパート前編 (アトリエサード/書苑新社 2013) アニメーション [ ] ねこぢるの漫画は系の『』の1コーナーとしてに短編アニメ化されのちに『』というタイトルのビデオとDVDが発売された。 には『』(監督・)が製作されている。 これは『ねこぢる劇場』の続編ではなく全く無関係の作品である。 脚本・絵コンテ・演出・作画監督の4役にを迎え、ねこぢる本来の画風を生かしつつ、湯浅独自の世界観を融合させた幻想的な映像になっている。 同年のでは優秀賞を受賞した。 また『ねこぢる草』のタイトルでも発売されている。 山野一との創作上の関係 [ ] 夫妻と面識があったのは『』に寄稿したコラムの中で「は、ねこぢるのストーリー作り補助、ペン入れ下働き、貼り付け係、および渉外担当のような受け持ちをしてきたらしい。 ちょっとイライラする。 いったい、彼女は誰なのだろう」と述べており、二人の「極めて微妙」な関係性に困惑していたという。 山野一との相互影響 [ ] によると、ねこぢるの最初の漫画は、ねこぢるがチラシの裏や画用紙などに描いていた「奇妙なタコのようなネコの絵」をモチーフとして、ねこぢるの夢のメモをもとに山野がストーリーを書くことから始まった。 そのため初期のねこぢる作品である『』ではがとしてクレジットされている。 二人には「極めて微妙」な役割分担があり、外部の人間をアシスタントとして入れることが出来なかったため、がねこぢるの「 唯一の共同創作者」であった。 また作品中にもねこぢる作品から着想された物が多数登場する。 前半の山野作品である『』や『』にも、ねこぢる作品のキャラクターである「にゃーこ」や「にゃっ太」の絵が描かれている箇所が存在する。 二人の作品に共通して現れる物の例として、「はぐれ豚」または「一匹豚」と書かれた看板が飾られている装飾付きの大型トラックなどがある。 ねこぢるの漫画作品『』(/)では、ねこぢると「旦那」の二人によるやでの旅が描かれている。 また、ねこぢるが自身の私生活を題材とした作品『ぢるぢる日記』にも「マンガ家」である「旦那」が登場している。 なおの作品にも、ねこぢるが部分的に関与しており、山野が後半に『』(、掲載年月日不明)に発表した短編『』では冒頭のクレジットに「CHARACTER DESINE C. NAKAYAMA」というねこぢるの本名の記載がある。 また『』号掲載の短編『』には、ねこぢるの本名と同じ「チヨミ」という少女が登場しており、に山野が『』というに発表した短編『』でも「チヨミ」に似た少女が登場している。 いずれの作品も子供的狂気とをメイン・テーマにしており、ねこぢる作品に近接した世界観となっている。 上には上がいるもので、ここ数年はほとんどねこぢるのアシストに専念しておりました」と打ち明けている。 また彼女の創作的な感性と可能性について「ねこぢるは右脳型というか、完全に感性がまさった人で、もし彼女が一人で創作していたら、もっとずっとブッ飛んだトランシーな作品ができていたことでしょう」と評価している。 その後、山野はねこぢるの様式で描いた漫画作品を「 ねこぢるy」の名義で受け継ぎ、ねこぢるの創作様式を踏襲する一方で、コンピュータによる作画を全般的に採り入れた。 自殺 [ ] ねこぢるは生前より未遂経験があり、自殺の数年前に書かれたが存在する。 その遺書には「 生きていたことさえも忘れてほしい」 「 お墓はいらない」 「 死んだ動機については一切話さないこと」 と記されていたが、遺族の意向で墓が建てられている。 ただ、によれば墓石には名前が書かれておらず、がひとつ彫ってあるのみであるという。 夫のは自殺の真相について「故人の遺志により、その動機、いきさつについては一切お伝えすることができません。 James)の『SELECTED AMBIENT WORKS VOLUME II』で、本人の強い希望により、柩に納められたのは、彼女が持っていたAphex Twinのすべてのとでした」とコメントしている。 この某ミュージシャンとは、この数日前に他界したのギタリストである。 この事に関して山野は「(hideの曲に関して)彼女は多分一秒も聞いたことはない」と述べている。 評価・分析 [ ]• - にゃー子とにゃっ太の表情は微妙だ。 猫の口もとが「」なのも手伝ってはいるが。 そうか。 そうです、ぼくは『』の、この淡々としてキチガイなとこに感じちゃうんですよ。 でも姉弟仲いいよね。 - ゆかいにむじゃきに「ぶちゅう」と虫をふみしだいてゆく2匹の幼いねこ姉弟。 働くが黒こげの丸やきになって単々と死んでゆく、「ふーん」とみつめる2匹。 いやな感じ。 やだなぁ。 でも私はこの「やだなぁ」という感じは人間が生きてゆく上でとても大切なものだと思うし実は好きです。 - 幼児の持つ、な残酷性をこれほど直観的に描き出した作品はないだろう。 猫の姉弟の基本的に無表情なままの残酷行為は、われわれが子供のころ、親に怒られても叱られても、なぜかやめられなかった、小動物の虐待の記憶をまざまざとよみがえらせる。 そして、それを一種痛快な記憶としてよみがえらせている自分に気がついてハッとさせられるのである。 - 前後の懐かしい家や街、猫家族の世界を、突如、殺戮や狂気がスパッと切り裂く唐突さ。 物置の片隅にととが同居していた、子供の頃の記憶がリアルに蘇ってくる。 の無垢な残酷さにも通じるものだ。 - その目を初めて見たのは、彼女が暇を持てあまして書き殴っていた画用紙だ。 魅力は確かにあるのだが、その正体がよくわからない。 可愛いようで怖い。 単純なようでもあり計り知れなくもある。 原始人の、あの半ば記号化されたような動物や人、あるいはやといったシンボリックな図形。 そういった要素が、描いた本人も無自覚なうちに備わっているのではなかろうか。 - 最初はとにかく、ばっと飛ばして見てた。 『』に載ってても、真面目に見たことなかったんですよ。 あれはただの漫画とばかり思っていたもんですから。 見るとこんな残酷で。 よくあれが受け容れられたと思いますよ。 だから、不思議でたまらない。 - ねこぢるがあれほどのポピュラリティーを獲得できた理由も毒に満ち満ちた内容と、アンバランスな丸っこい描線の可愛らしい絵柄。 ミスマッチとも言えそうだが、甘ったるい絵柄が毒をくるむ糖衣となったおかげで、ほど良く辛みを効かせることになったのだ。 これがではそうはいかない。 透明な、抽象度の高い絵で生々しさを抜いたからこそ、女子供にも愛されるねこぢるケータイストラップが作られたわけである。 - ねこぢるの創作する世界では、凡百のにありがちな説教めいた教訓などなく、強い動物は弱い動物にどんな暴力を振るおうが、その死肉を食らおうがお構いなしだ。 ところが、その一方で、主人公たる猫一家は、奇妙なところは多々あるとはいえ、とりあえず仲むつまじい家族である。 いつも手をつないで歩く、強く怖い父、分別ある母。 こうした家族のあり方は、今の世にあっては、現実とは程遠いファンタジーと言えよう。 - ねこぢるは「おばさんになるぐらいなら死んだほうがいい」とよく話していた。 ひょっとしたら、生きることは、死ぬよりもつらいのではないか?と考えたこともある。 それでも生きていく中に、きっと、ささやかな喜びがある。 年を取ることを恐れないでほしいし、残された人のつらさも考えてほしい。 - 大抵、自殺は不幸なものだ。 だが、例外もある。 自殺した当人が類い稀なるキャラクターを持ち、その人らしい生き方の選択肢のひとつとして成り立つ事もタマにはあるかと思う。 ねこぢるの場合がそうだ。 死後、つくづく彼女は「大物」で、そして「本物」だったと実感する。 そのねこぢるが「この世はもう、この辺でいい」と決断してこうなった以上、これはもう認める他ないのである。 年々盛り上る、漫画家としての世間的な人気をよそに、本人は「つなみ」の様な世界で浮遊していたのではないか。 ねこぢるは今そこにいる。 名義での諸作品を制作する過程で山野さんは別世界にいる、ねこぢると交感し、精神の安定を得ていたのではなかろうか。 『』が真の評価を受けるのはまだ先の事だろう。 何故ならこの作品はどこかへ向かうためのっていうんですか、その途上にあるから。 が、いずれにせよ辿り着く先はひとつだろう。 - なぜ読者の方々は、ねこぢるの漫画に安堵感を覚えたのだろうか?…それは彼女の漫画がもつノスタルジックな雰囲気のせいかもしれない…。 道徳や良識や、学校教育による洗脳を受ける前の自分…。 社会化される過程で、未分化なまま深層意識の奥底に幽閉されてしまった自分…。 その無垢さの中には当然、暴力性や非合理性・本能的差別性も含まれる…。 人間のそういう性質が、この現代社会にそぐわないことはよく解る。 どんな人間であれ、その人の生まれた社会に順応することを強要され、またそうしないと生きてはいけない。 もって生まれた資質の一部を、押し殺さざるをえない個々の人間は、とても十全とはいえないし、幸福ともいえない…。 ねこぢるの漫画は、そういった問題を潜在的にかかえ、またそれを自覚していない若者達に、を与えていたのだと思う。 生前彼女はの行者レベルまでできる、類いまれな才能を持っておりました。 お葬式でお経を上げていただいたお坊さまにははなはだ失礼ですが、少なくとも彼の千倍はステージが高かったと思われるので大丈夫…。 今頃は俗世界も私のことも何もかも忘れ、と同一化してることでしょう。 展示 [ ] 個展 [ ]• 2010. 5-10. 9 「ねこぢるyの世界2010」渋谷ポスターハリスギャラリー• 2011. 4-3. 13 ねこぢるy個展「湾曲した記憶」渋谷ポスターハリスギャラリー• 2011. 17-9. 26 山野一とねこぢるy個展「失地への帰還」渋谷ポスターハリスギャラリー• 2013. 1-11. 2015. 20-9. 2016. 7-8. 30 ねこぢる・ねこぢるy・山野一作品展「ねこぢるのなつやすみ」不思議博物館分室サナトリウム 福岡天神• 2017. 19-2. 2018. 23-4. 2018. 5-8. 28 ねこぢる・ねこぢるy・山野一作品展「ねこぢるの国」不思議博物館分室サナトリウム 福岡天神 関連人物 [ ] 影響を受けた人物 [ ]。 ねこぢるの共同創作者としてやを担当。 また彼女のとして渉外担当の役回りも務めていた。 ねこぢるがにをしていた。 の伝説的な「」の主要メンバー。 の「」のリーダー。 ねこぢるは特に『』という作品を気に入っていた。 ねこぢるが最も傾倒していたミュージシャン。 に流した音楽もエイフェックス・ツインの『SELECTED AMBIENT WORKS VOLUME II』で、本人の強い希望により柩に納められたのは、彼女が持っていたエイフェックス・ツインのすべてのとだった。 家族・親族 [ ] 山野一 ねこぢるの夫。 ねこぢるの漫画作品『』では、ねこぢると「旦那」の二人によるやでの旅が描かれている。 また、ねこぢるが自身の私生活を題材とした作品『ぢるぢる日記』にも「マンガ家」である「旦那」が登場している。 ただれ彦 ねこぢるの弟で山野一の義弟。 「ただれ彦」は生前のねこぢるが即興で付けた綽名。 山野一の旅行記『インドぢる』では、ただれ彦との二人旅の様子が書かれている。 友人 [ ]。 夫妻ともに根本を尊敬しており 、特にねこぢるは根本作品を初単行本『花ひらく家族天国』()から愛読していたという。 また根本もねこぢるの「本物性」を彼女のデビュー前から感じていたらしく、自殺を受けて「」と題した追悼文を雑誌に寄稿した。 『』副編集長。 ねこぢるとはデビュー当初からプライベートで交友があり、夫妻とも非常に親密な関係があった。 著書に『』(/)がある。 巽早紀 元の編集者(当時の同僚にのがいる)。 ねこぢるとは夫のを通じて交友関係を持っていた。 編集者 [ ] 元『』担当編集者。 姉は漫画家の。 現・『』編集者。 元青林堂『ガロ』副編集長。 にで行われた追悼トークライブ「」に参加した。 加藤宏子 の担当編集者。 『PUTAO』に連載された『ぢるぢる見聞録』に担当のKさんとして登場する。 顔画工房 かつての「」に在籍していた縁で『』の編集を手伝う。 ちなみに『』第2巻収録のでは某出版社のバイト君として登場を果たしている。 現・社長(山野に付けられたあだ名は「泥棒社長」)。 に制作会社のを経営しており、当時青林堂の社長であったよりねこぢるの版権を譲り受け、ねこぢる作品の版やグッズの販売を行っていた。 ねこぢるの死後は青林堂の社長になり、故人の版権を数年間管理していたが、とは見解の相違により関係が悪化し絶縁状態となった(その後、『』のについて実際は販売元から支払われていたにも関わらず「 印税の支払いはない」という虚偽の報告を行い、山野に一銭たりとも支払わなかったことが判明する)。 また以降は漫画中心だったを中心の極右出版社に路線転換させたこともあり 、現在のについての弟子である・のは「 ガロの青林堂から社名買っただけの別会社」としている。 関連作品 [ ]• (青林堂)• (青林堂)• (青林堂)• (青林堂)• ねこぢる• (青林堂)• ねこぢる食堂()• ねこぢるだんご()• ねこぢるせんべい()• ねこぢるまんじゅう(文藝春秋)• デンキくん()• (青林堂)• インドぢる()• おばけアパート()• 自殺されちゃった僕() 参考文献 [ ]• 『』1992年6月号• 「 - 」• ねこぢるインタビュー「」• 『ガロ』1995年10月号 青林堂• 黒川創「 - (2019年2月28日アーカイブ分)」• 夫・漫画家 「 - (2019年2月28日アーカイブ分)」136-137頁• 『まんがアロハ! 山野一「 - (2019年2月28日アーカイブ分)」• 『』1998年7月号• 追悼特集「ねこぢるさん、さようなら」• 根本敬「」• 山野一「 - (2019年2月28日アーカイブ分)」• 『』第3号 1998年11月• 蘇るねこぢるワールド「ねこぢる担当者が語る ぢるぢる編集後記」(取材・構成/小野澄恵)• ねこぢる『ねこぢるだんご』 1997年(解説・)• ねこぢる『ぢるぢる日記』 1998年• ねこぢる『ねこぢるせんべい』 1998年• 『TALKING LOFT3世』VOL. 2 1999年11月• にで行われた、、、による追悼トークライブ「」を収録• 『消えたマンガ家 ダウナー系の巻』 2000年• 「ねこぢる曼荼羅を探して」(初出:太田出版刊『』Vol. 32)• 『』1996年4月22日号 朝日新聞社• 「ねこぢる『ねこぢるうどん』青林堂 担当編集者の高市真紀さん」• 『AERA』2001年11月19日号 朝日新聞社• 速水由紀子「」• 『自殺されちゃった僕』 2008年• ねこぢる『ねこぢる大全』文藝春秋 2008年• 『』1996年冬季号• ねこぢるインタビュー「」• 『文藝』2000年夏季号 河出書房新社(////他)• ねこぢるyインタビュー「」• 『インドぢる』 2003年• ねこぢる『ねこぢる大全 下』2008年• ねこぢる蒐集支援ホームページ『月に吠える』ねこぢる作品リスト-1990~2004-• 、、、、、、、、らによる論考• - 顔画工房のブログ 関連文献 [ ]• 『』1995年12月20日号• 『』第2巻 1996年4月発行 /• 『』1997年12月18日号• 「こだわりのコミック ネコの姉弟が考えた数々の遊びは現代の子どもを映しだす鏡である ねこぢる『ねこぢる食堂』白泉社」• 『』1998年1月号• 『』1998年1月号• 『』1998年5月28日号 p. 39「ドアノブで首吊り自殺した人気漫画家」• 『』1998年6月2日号 光文社 p. 47-48「忙しいOLのワイドショー講座 ねこぢるさん、hideと同じ方法で謎の自殺 熱狂的ファンにさよならも言わず」• 『』1998年6月5日号 p. 28「ねこぢるだけではない漫画家自殺 波南カンコ、山田花子も自殺したのは5月だった」• 『SPA! 』1998年6月10日号 扶桑社• 末広泰志「自殺したマンガ家の自分と現実を見つめる冷めた視線」• 『』1998年8月25日号 p. 275-276「98上半期事件簿 なぜ、そんなに死に急ぐのか?世紀末ニッポンに続出する『自殺』の裏側…。 hideの自殺、女子高生・少年の後追い自殺、ねこぢるの自殺」• 『』2000年6月号• ねこぢるyインタビュー「特集ねこぢる10周年」• 『ガロ』2001年1月号 青林堂• ねこぢるyインタビュー「特集ねこぢるy2001」• ねこぢる監督・インタビュー• 『ガロ』2001年6月号 青林堂• ねこぢるyインタビュー「特集ねこぢるy的アジアの旅」• 『』2004年4月号 新潮社 p. 106-114• 吉永嘉明「わが友ねこぢるの思い出と愛妻の自殺 人気漫画家の自殺から5年、わが妻も自ら命をたった。 痛恨の手記」• 『』2005年2月号 p. 34-37• 『』2006年1月号 p. 46-47• 吉永嘉明「親友のねこぢる・仕事仲間の青山正明・そして最愛の妻に自殺された 悲しみの最中に書き上げた『自殺されちゃった僕』。 『自殺されちゃった僕』のその後」• 『実話GON! ナックルズ』2006年5月号 ミリオン出版 p. 111• 『』2006年11月号 創出版 p. 138-143• 『』2012年12月号 サイゾー p. 42-43• またねこぢるは『』1996年冬季号のインタビューで改名の経緯について「最初『ねこぢるし』だったんですけど、自分も『ねこぢる』『ねこぢる』と言っているから、そのほうが覚えやすいし、言いやすいし、インパクトが残るかなと思って」と語っている。 また原作担当のも『文藝』2000年夏季号のインタビューで「はじめは『ねこぢるし』という名前でしたが『ねこぢる』のほうがいいと本人が言い出したのでそうしたと思います」と同様の証言をしている。 「ネパール編」はねこぢるの他界で未完となり、単行本化もされていなかったが、その後により刊行された「総集編」に収録された。 ねこぢるによるの宣伝キャラクター「デンキくん」はに公開された後、にも登場したが翌にねこぢるの自殺を受けて打ち切られた。 デンキくんはTVCM放送中銀座館で展示され、ねこぢるの自殺後も撤去されることなく展示されたが、TEPCO銀座館の大幅な改装リニューアル工事のためをもって展示終了となった。 本人の遺志で顔写真は原則非公開となっている。 なお、この作品は現在、ねこぢるyの公式サイト「ねこぢるライス」にて閲覧することができる。 ねこぢると親和性が高い本作はの作品展「」でも当時の原画が展示されている。 ねこぢるy()が2013年に発表した漫画単行本『おばけアパート前編』()では従来のアナログ作画を採用している。 ねこぢる『ねこぢるまんじゅう』(文藝春秋 1998年)112-113頁「あとがき」によると、書かれた遺書は2年前(1996年)のものとは述べている。 出典 [ ]• 32)• 2 1999年11月 ロフトブックス• 吉永嘉明『自殺されちゃった僕』(幻冬舎アウトロー文庫)第2章「ねこぢるの思い出」の中「ブーム到来」より。 『B級学マンガ編』(海拓舎)• ねこぢる『ねこぢる大全 下』(文藝春秋)寄稿・唐沢俊一「」369-370頁。 「警視庁町田署によると、ねこぢるさんの夫で漫画家の山野一(はじめ)さんが、今月10日午後3時18分、自宅マンションのトイレで首をつっているねこぢるさんを発見し、町田消防署に119番通報。 救急隊員が駆けつけたときには、既に死亡していた。 ねこぢるさんはトイレのドアノブにタオルのようなものを掛けて首をつっており、この日の午前中に亡くなったとみられている。 遺書はなく、自殺の理由は不明」『』1998年5月13日付記事より。 ねこぢる『ぢるぢる日記』(二見書房 1998年)114-115頁。 吉永嘉明『自殺されちゃった僕』(幻冬舎アウトロー文庫)第2章「ねこぢるの思い出」の中「嫌いなものは嫌い」より。 『』1992年6月号「ほっかほっか家族天国」(根本敬)より。 吉永嘉明『自殺されちゃった僕』(幻冬舎アウトロー文庫)第2章「ねこぢるの思い出」の中「殺すか、死ぬか」より。 このような作品の例として、『ねこぢるだんご』(1997年 朝日ソノラマ)に収録されている「かちく」などがある。 「3日起きてたり30時間寝てたり…世の中のリズムとはだいぶズレてしまった…ガラス窓の外はまるで異次元のよーだ…出勤途中のサラリーマン…あの人の目にはどんな風に映ってるのかなー…」ねこぢる『ねこ神さま』第2巻(文藝春秋)遺稿「ガラス窓」133頁。 青林堂『月刊漫画ガロ』1992年10月号「特殊漫画博覧会」の中「特殊漫画家の特殊な才能」より。 青林堂『月刊漫画ガロ』1994年2月号「混沌大陸パンゲア刊行記念 山野一インタビュー」249頁。 これに関してねこぢるも『月刊漫画ガロ』1992年6月号や『文藝』1996年冬季号のインタビューにて「変な人」に遭遇する機会が多いことを述べている。 ねこぢる『ぢるぢる日記』(二見書房 1998年)67-69頁。 ねこぢる『ねこぢる食堂』(1997年 白泉社)「ぢるぢる恐怖体験」72頁。 ねこぢる『ぢるぢる日記』(二見書房 1998年)51頁。 吉永嘉明『自殺されちゃった僕』(幻冬舎アウトロー文庫)第2章「ねこぢるの思い出」の中「コラボレーション」より。 吉永嘉明『自殺されちゃった僕』(幻冬舎アウトロー文庫)第2章「ねこぢるの思い出」の中「天然アシッド」より。 文化庁メディア芸術祭. 文化庁. 2016年7月30日閲覧。 「」青林堂『月刊漫画ガロ』1995年10月号 103頁。 山野作品での「はぐれ豚」の例は、山野一『』(青林堂 1989年)56頁参照。 ねこぢる作品での「はぐれ豚」の例は、ねこぢる『ねこぢるまんじゅう』(文藝春秋 1998年)25頁参照。 ねこぢる作品での「一匹豚」の例は、ねこぢる『ねこぢるうどん3』(文藝春秋 1999年)36-37頁参照。 ねこぢるy作品での「はぐれ豚」の例は、ねこぢるy『おばけアパート前編』(アトリエサード 2013年)107頁参照。 『』1998年7月号 195頁「漫画家・山野一さんからの緊急メッセージ」• 青林堂『月刊漫画ガロ』1992年6月号 31頁 「」• 青林堂『月刊漫画ガロ』1992年6月号 32頁 「」• 『』1995年4月臨時増刊号「総特集=悪趣味大全」• ねこぢる『ねこぢるだんご』(朝日ソノラマ 1997年)解説より。 斎藤利江子 2005年2月4日. ・朝刊: p. 文藝春秋『コミックビンゴ! 』1998年7月号 210頁• ねこぢる『ねこぢるせんべい』(集英社 1998年)136-137頁「夫・漫画家 山野一」による「あとがき」より。 特殊漫画家・根本敬の追悼コメント「」水道橋博士の悪童日記 1998年6月26日付• 2017年1月29日• ねこぢる『ねこ神さま』第2巻(文藝春秋)「ぢるぢる4コマ漫画」100-102頁。 YouTube• 林啓太 2015年1月10日. (朝刊、特報) : p. 2017年2月8日 外部リンク [ ]• 1yamano -• - (2000年10月18日アーカイブ分)• - Asahi-net この項目は、・に関連した です。

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ねこぢる追悼ナイト Live at 新宿ロフトプラスワン 1998.11.23(根本敬×白取千夏雄×サエキけんぞう×鶴岡法斎)

ねこぢる 旦那

元々は旦那(氏)が漫画家で、それを手伝いたいといつも言ってたんですけど、ちょっとそれは無理なんで、自分に合った話とか絵とかもアレンジしてくれるというのが描き始めたきっかけです。 あと隣に猫を飼っている外人がいて、よく世話とか頼まれたりして、その猫の絵を描いたりしてて。 いちばん最初に描いた『うどん』は、 私生活にかかわる変なことがあって、それで山野が思いついて描いてみろという感じで『ガロ』に載ったということです。 最初「し」だったんですけど、自分も「」「」と言っているから、そのほうが覚えやすいし、言いやすいし、トが残るかなと思って。 ケース・バイ・ケースですけど、自分の夢をちょっと入れたり、旦那が考えたり、二人で考えたり。 ここはこうしたほうがいいとか、そんな感じでやっています。 "ちょっとどうかな?"というのでは、豚が丸焼きになっちゃうというのを描いて、それは「上に訊いてみないと」と。 ふつうは、養豚とかはだめですし、死んじゃうとかいうのは、発行部数の多いところではだめです。 完全に擬人化した豚とかなら大丈夫みたいですけど。 その時は私一人しかいなくて、振り返ってみても誰もいないのに、いつまでたってもずっと手を振ってる。 あと、早朝にコンビニに行ってニ~三分で買物を終え、来た道を通ったら男の人がサイクリング自転車から下りて、下半身をあらわにしてウンコをしそうになってた(笑)、私が睨みつけてたら向こうはニヤニヤして、スカトロマニアなのかな、とか。 コンビニはすぐだから、ジュースを1本買えばトイレなんか借りられますよね。 それをわざわざ道でやってるわけですから。 これは三回あります。 おばさんとかも。 家の近くだったから、急いで帰って山野に教えたけれども、もうおばさんはいなくなっちゃって、自分でも嘘っぽいなと思って、わざわざ見に行ったらちゃんと現物があった(笑)。 旦那にもよく言われるけど。 やっぱり変な人を見る確率が高いと思う。 よく浮浪者の人に話しかけられやすい人って、いるじゃないですか。 前に新宿で電車がとまって立ち往生しちゃった時に、アルプス広場で友達と待ってたら、浮浪者がだんだん近付いてきて、うわヤバイのが来ると思ってたら急に手をつかまれて「おれ、頭ばかなんだ」と、涎たらして鼻たれて。 頭にきたから、すぐ警察のところへ行って。 「手をつかまれた」と言ったら、「オラーッ」とかって首根っこをつかまれて浮浪者は連れて行かれました。 なんかシンクロしちゃってるのかな、とかたまに思ったりして。 ないんですけど(笑)。 そんな夢見て。 いつも変な夢ばっかり見てるから、慣れてます。 そうですね(笑)。 夢はかなり記憶してるんです。 だいたいオールカラーで。 旦那にもすごいと言われたんですけど、夢を起きてから忘れちゃう時がありますよね。 でも、また何か月かたってから、その夢の続きを見たりすることがあるんですよ。 一時期が好きでよくやってたので、その影響で夢がテレビの画面と同じように見えたことがあります。 実写とテレビ画面が混ざったような夢を交互に見たり。 あと、そういえば夢が外に出てきちゃった時がありました。 夜中に犬にかまれて手を振り払ったら、犬が布団の上にいて、すぐに泡のように消えていっちゃった。 『文藝』96年冬季号.

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ねこぢるインタビュー「なんかシンクロしちゃってるのかな、とかたまに思ったりして」(文藝1996年冬季号)

ねこぢる 旦那

追悼ナイト• (家)• (元ガロ副編集長)• (ミュージシャン)• (コラムニスト) かわいく、キャッチーなキャターと幼児独特の純粋な視点からの残虐性を併せ持つアブナイ作風で人気の漫画家、があっちの世界に行ってしまってからもう一年以上がたちます。 それでもの生み出したキャター達の人気は未だ衰えず、色々なグッズとして街のあちらこちらで見かけることが出来ます。 きっとという名前を知らなくても、あの目つきの悪い猫のキャターと言えばわかる人も多いのではないでしょうか。 この日はそんなのアブナイ魅力にとりつかれてしまった人たちがプラスワンに集まって、のアブナイ魅力について語りまくりました。 一応追悼ナイトって事になっていますが、みんな好き勝手な事を喋ってるのであんまり追悼にはなってませけど…。 前向きな話をしよう 白取 そもそも『ガロ』にさんの漫画が載るようになったきっかけは、さんの旦那さんで漫画家でもあるさんが、編集部に「こんなの描いたんだけど」くらいの軽い感じで原稿を持ってきてくれて、それが皆さんご存じの『うどん』だったんです。 その作品を編集部一同で見てもう大爆笑、それで続けて書いて下さいってことで連載が決まったんです。 僕の印象はよくあるかわいいキャターが残酷なことをする、だからおもしろいっていう単純な露悪趣味ではないですよね。 例えば子どもっていうのは、チンコとかマンコとかオシッコとかウンコとか平気で言うし、手のない人に「なんで手がないの?」とか平気で訊くし。 そういう幼児ならではの残酷性、よく言えば純粋な視点っていうのがあって、それが猫という勝手気ままなキャターを借りているっていうのがすごい好きなんです。 僕、実はさんご本人と会ったことは2、3回しかないんですけど、電話では去年の暮れから今年にかけては相当の回数話しました。 そういったうえでの印象を言うと、さんは、 やっぱり猫みたいな人でしたね。 猫って自分の好きな時に甘えてきて腹が減れば飯食わせろって言うし、寝れば呼んでも来ないし、そういう勝手気ままで自由に生きてるっていう感じで。 だから今回さんがああいう亡くなり方をして、原因がよくわからないとかいろいろ言われてますが、一応僕なりに考えての結論としては、 ちょっとあっちの世界に行ってみたかったんじゃないかなっていう感じがしてるんですよ。 だから、今日は追悼ナイトってことですけど、あんまりしんみりした感じにはしたくないなってのがありまして。 よくあるじゃないですか、何々さんのご冥福を祈って3分間黙祷とか、そういうのはイヤですね。 これからは山野さんがさんとして続けて描いてくれるそうですし、描かれたものっていうのはなくならないし、悲しんでばっかりいられないので今日はもっと前向きな話をしたいです。 根本 できればこういう場にはあんまり出たくなかったんですよね。 まあ、これだけファンのあいだで盛り上がっちゃってると無理な話なんでしょうけど、本人としてはできるだけ人には知られず、なんなら 自分は元々世の中には存在しなかったものとしてほしい、くらいに思ってるんじゃないですかね、そういう人でしたから。 白取 根本さんはご本人と何回も会ってるんですよね。 根本 まあこうやって漫画家として人気が出てきてからは数回しか会ってないんですけど、元々山野さんの彼女として何回も会ってましたからね。 白取 最初『うどん』が『ガロ』に載った時の印象っていうのはどんな感じだったんですか? 根本 まあ結構やるな、というかね。 山野さんの協力があったとはいえ、 元々漫画とか描いてる子じゃなかったですから。 白取 ファンのあいだでは どこまでがで、どこまで山野さんが描いているのか、っていうような議論が盛り上がってるらしいんですけど、そのへんはどうですか。 根本 いやまずあの2人の結びつきっていうのがね、ただの共作者とか夫婦とか友人とかとは違う、 ジョンとヨーコ以上の何か深いものを感じましたからね。 白取 漫画を見ててもそうですよね。 根本 だから露骨なヤバさは山野さんが請け負って、それをが多少かわいく折り合いつけていくみたいな。 白取 山野さんってほっとくと『どぶさらい劇場』とか描いたりするじゃないですか。 『四丁目の夕日』的なところに傾きがちなんで。 さんって奔放にわりと自分の好きなことを描きたがるタイプなんで、それを『どぶさらい劇場』がどうフォローするかなっていうところで。 山野さんって社会適応できてる方ですよね。 根本 それは2人いるとやっぱり役割ってできるわけ。 山野さんが本当に1人でやってたらもっとひどいことになってますよ。 一応ほら、彼女がああいう自由奔放なタイプの人間なんで、山野さんがマネージャー的な役割もしなくちゃならないじゃないですか。 何か失礼なことをしたら謝りなさい!とか。 白取 隣の家にウンコしちゃった猫のことで謝りに行く、みたいな。 根本 そういう部分を山野さんが請け負わなければならなかったってのがあると思いますね。 白取 今後、山野さんがとして描いていくんですけど聞くところによるとさんはまだ山野さんの周りに出てるらしいんですよ。 だから自動書記みたいな感じで描かれることもあるんじゃないかとも思います。 イヤな最後 根本 から一番最後に電話があったのが今年の2月か3月くらいかな? 2時間くらい話したんですけど、あっちが何かを踏んだかなんかで突然ブツンと電話が切れちゃったんですよ、話の途中で。 でもまあ2時間も話したし、用があったらまたかけてくるだろうと思ってたんですけど、 それが本当に最後だったんですよね。 白取 それはイヤな最後ですね。 根本 最後に実際に会ったっていうのはもっと前で、「ミッションバラバ」っていう入れ墨入れた元極道っていうのが売りの集団があるじゃないですか、その集会がと山野さんの家の近所の公会堂であるっていうんで3人で見に行ったんですよ。 白取 それはいい話ですね(笑)。 根本 その時は8人くらい入れ墨入れた人が来てたのかな?それで一人一人どうやって神様に目覚めたのか話すんですけど、 日本のシャブの元締めはコイツだったとか、元でどうこうとか、皆強者ばっかりなんですよ。 で、奧さんが韓国人っていう人が多くて。 白取 韓国はですからね。 根本 だから奥さんが改宗を勧めるらしいんだよ、悪いことから足を洗って神様を信じろって。 でもやっぱりそんなもん信じられるかってなるじゃない極道だし。 ところが、例えばある人の場合なんかは釜山に遊びに行って女を買ったんだって。 それでホテルに連れ込んでいざSEXしようとすると、突然腹が痛くなってできなくなっちゃったの。 しょうがないからその日は女を帰して次の日また呼んだら、また腹が痛い。 「これはこの女のゲンが悪いのかな?」と思って別の女を呼んでも、やっぱり腹が痛くなる。 後で日本に帰ってから奥さんにその話をしたら、「 その時私は神様に祈ってたんだ」って。 白取 は〜。 根本 あと皆、神様を見ちゃうらしいんだよ、シャブやってるから(笑)。 白取 シャブも捨てたもんじゃないですね。 でも普通、 全身入れ墨の伝道師集団が来ても見に行こうと思わないでしょ。 そういうものをおもしろがるっていう共通項はありますよね。 根本さんの漫画とかを読んでる人はわかると思いますけど「 イイ顔」ってあるじゃないですか。 世間的にはアイドルとかモデルとかの顔がイイ顔とされてますけど、僕らから言わせると あんなのはただのつまんない顔なんですよ。 わかる人にはわかるんだけど、普通の人から見るとあんな浮浪者みたいなオヤジのどこがイイ顔なんだ?っていう感じなんですけど。 そういうのをおもしろがる部分って似てましたよね。 だから根本さんの漫画とか好きだったんだろうし。 根本 っていうより、 とか好きだったんだよね、そうじゃなかったっけ? 白取 僕は根本さんが好きだって聞いてますよ。 根本 たくさんいる中の1人って感じじゃないの? 白取 でも根本さんと諸星さんが出てきたら、ほかに誰も入って来れないでしょう。 根本 さんも好きだって言ってたよ。 白取 それならわかる。 根本 ただってそのへんのエッセンスを吸収していながらも、やっぱ絵柄とかがかわいいから入っていきやすいんだよね。 僕とか山野さんの漫画とかになると上級者向けっていうか、普通の人が見たら吐いちゃったりするじゃないですか。 白取 根本さんまでたどり着く人ってかなり限られてくるでしょう。 さんのハードルを軽やかに飛び越えて、山野さんでちょっとつまずいて、根本さんにぶつかって完全にブッ倒れるっていう。 根本 俺の前に山野さんがいるか、山野さんの前に俺がいるのかってところは微妙だと思うけど。 白取 まあ、その辺は状況によって変わってくるんでしょうけど。 でも僕らからするとさんも根本さんも同じような感じで、あんまり変わらないんですよ、例のアレとかヤバイネタが好きだって部分で。 根本 そんなにヤバイんだ? 白取 それで 『』は潰れちやったじゃないですか。 まあ、 そのからさんの単行本が復刊するってのが因果は巡るって感じですごいなって感じですけど。 まあ根本さんたらどこがヤバイの?って感じかもしれないですけどね。 根本 そのへんはわかりますよ、よりは少しは大人ですから。 白取 あんまりヤバイヤバイって話を言っててもしょうがないんですけど、の漫画の要素として、「かわいさ」ってあるじゃないですか、見た目のキャッチーさっていうか。 今の女子高生とかだとこういうの見るとカワイーとか言うんでしょ? 最近聞いたんだけど、サンフランシスコにサンリオの店ができたんだって。 僕らからするとふーんサンリオっさて感じなんだけど、キちゃんってほら口なくて真っ正面向いてて無表情でしょ、あれが気持ち悪いって言われてるらしくて。 確かに向こうのヤツって過剰なまでに目とかパッチリしてて表情とかもすごいじゃないですか。 だから本来ターゲットとして狙った人に全然売れなくて、あっちの変なもの好きな人に受けてるんだって。 根本 それは何かわかるなぁ。 白取 さんの漫画ってのも、こうやって見ると、わあかわいいとは思うんですけど、話とか見たら全然そうは思わないじゃないじゃないですか。 だからあの黒目がちな絵って個人的にはすごく怖いんですよ。 根本 僕は「にゃーこ」と「」のアル中のお父さんとか大好きなんですよね。 あの目がいいよね、瞳孔開いた。 白取 無精ヒゲ生えてて、酒ばっか飲んでて。 ああいうキャラも、かわいい漫画ってのには必要ないキャターですよね、浮浪者とかもよく出てきますし。 だから僕は他誌で連載決まっていった時やっぱり心配だったのは、ヤバイ話がなくなるんじゃないかなっていうのですね。 『ガロ』ものってそういうのがあるじゃないですか。 根本 しかしこんなに人気があったとは知らなかったよ。 死んでから随分本も出ましたよね。 白取 まあ、なんでもそうなんですけど「 死ぬ前に評価しとけよ」って感じですけどね。 白取 僕らが言うってのはまさにこれなんですよ。 根本 トラックに浮浪者が轢かれそうになってるんだけど、 それを黙って見てるっていうある種超越的な視点っていうのが山野さんとなんだよね。 白取 普通はリアクションとしてヒャーとかワーとかってあるわけじゃないですか、 それが全然無反応ですからね、あの冷めた目がね。 根本 あの目だよ、は。 ある意味「神」に近いんだよ。 白取 親父なんかにいたっては見てもないですからね。 がいろんなことウダウダ言うんですけど、結局これなんですよね。 トラックに「畜生丸」なんて書かないもんなあ普通。 いいコマですよねこれ。 やっぱり僕、名場面っていうと『うどん』とか『ガロ』時代のものになっちゃうんですよ、『家の墓』とか これは大手の編集者じゃダメだろうって感じで。 大好きな話っていっぱいあるんですけど、 独断で言うなら『たましいの巻』が最高傑作だと思う。 この頃の絵って均一な線で書き慣れてるって感じじゃなくて、表情も完成されてないんですけど、 そういうところが逆におもしろいですよね。 この本なんか、すごくいい装丁だと思うんだけど、こんなかわいい表紙で買ってみたら中身これですから。 燃えてんですよ、猫(笑)。 根本 これなんかやっぱ山野さんの漫画に出てくるキャラの目だよね。 白取 やっぱさんの漫画を読む時には、副読本として山野さんの漫画も揃えなくちゃね。 まあ、見る人が見たらを突くって感じなんでしょうけど……。 こういうのがノーチェックで載ってるんで版が大好きなんですよね、せっかくいい話がいっぱいあるんだから。 根本 確かオレ、『うどん』の解説に死体写真を使って何か描いてるんだよね。 は、隣に引っ越してきた死体を見て「 この人たち何か気持ち悪〜い」とか平気で口に出しちゃうんだけど、山野さんも本当はそう思ってるんだけど、社会とのつながりを最低限ちゃんと保つために「 こら、失礼じゃないか」って一応叱ってみせると。 白取 まあこの死体たちもイイ顔してますよね。 根本 生きてる時はそうでもなかったんでしょうけどね(笑)。 リアルドキュメント 白取 それでは次に、最近ライターとして活躍しているさんをお呼びしましょう。 鶴岡 鶴岡です、どうも~。 白取 鶴岡くんって『ガロ』では投稿者だったんだよね。 鶴岡 そうそう、俺、元々漫画家になりたくって、中学の時にまだ神保町にあった頃の『ガロ』に漫画持ち込みしたんですけど、あん時、 長井さん(『ガロ』の初代編集長)にいきなり蛭子さんの漫画見せられて、メチャクチャにやるんならここまでやれとか言われてああ難しいもんだな漫画って、とか思いましたね。 白取 なんかすごくいい挫折体験ってありますねぇ。 鶴岡 あのひと言であきらめたね、できないって。 白取 蛭子さんの漫画見て挫折するって珍しいよね、普通はあれでいいのかって思いますけどね。 鶴岡 あんなメチャクチャなのできないもん。 白取 今日は一応さんの話をしてるんですけど、さんって90年の6月号に初めて『ガロ』に載ったんですけど、あん時ってまだ読者だったんだよね? 鶴岡 俺 まだ「四コマガロ」とかに投稿してた頃なんですけど、うわ~イヤなもん始まったなとか思いましたよ。 白取 これなんかも去勢手術してくださいって言って、金玉にブスッて包丁刺したらキュ~って死んじゃうっていう、それだけの話なんですけどね。 鶴岡 まあ日常よくあることでしょう、何気ない日常っていうか。 白取 ないない(笑)。 鶴岡 でも俺、冗談抜きにさんの漫画のほうがリアリティあると思う。 車に浮浪者轢かれるとか、状況としていくらでもあるじゃないですか。 俺は『』のほうがアリズムだと思うよ、存在しないもんあんな話。 白取 そうだよね、だから皆かわいい猫のキャターだってところで惑わされてるよね。 鶴岡 リアルドキュメントだよ、さんの漫画は。 人間の本質的な部分に食い込んでるもんね。 白取 『ガロ』の読者には、やっぱりすごい評判よかったですね。 鶴岡 『ガロ』の『ガロ』たる所以って言うか。 そんな漫画がから単行本で出るってのが大笑いなんですけどね。 白取 僕ら的には本音を言うと、 自分たちがせっかく危険を冒してやってきたものを、ほかの版元がおいしいとこ取りして、っていうのもあるんですけど。 『ガロ』の刻印 鶴岡 あと、6年くらい前でしたっけ? の電光板にさんの絵が映ったでしょ。 そん時少し離れた場所から見ると、電光板の真下に浮浪者とか、電化製品買いに来た韓国人とかがうようよいるんですよ、あ、これを含めてだなって気づいたんですけど。 白取 、電脳街、ハイテクみたいな連想ではなく、ガタ、多国籍みたいな。 鶴岡 売ってる物もジャンクなら 集まってる人間のほうもジャンクだったという、 あれはすごくいい光景だったなぁ。 白取 ただ、アレを作った人たちは違うところに目を付けてたと思うんですよ、かわいいとか人目を引くとかそういう部分で。 完全に失敗しましたね、これは。 鶴岡 そうですね、オレなんか いつ人殺すシーンが始まるのかな?とか思って待ってたんですけどね。 白取 そういうのがカラーでしになると最高だったんですけどね。 鶴岡 そういう意味でおっかないですよね。 売れてほしいと思う反面、売れすぎるとそういうところが薄くなるっていう危険性が常にあるんで。 本当は原形をある程度壊さないように保ちつつ、社会との折り合いをつけて売れていくっていうのが理想的なパターンなんですよね、なかなか『ガロ』系って難しいですよね。 白取 『ガロ』の刻印っていうかね。 鶴岡 俺、漫画持ち込みに行った時に長井さんに言われたんですけど、『ガロ』に載ってる漫画目標にして漫画描いてたら絶対ダメだって長井さん的にはやっぱりよその出版社から追いつめられて来たっていうのが理想的なんでしょう。 白取 そんなことないでしょう。 鶴岡 そういう漫画家たくさん知ってるし。 白取 まあ、俺も 血で書いた漫画持ち込みされた時はびっくりしましたけどね。 「茶色で描いちゃダメですよ、黒インクで描いてくださいね」って言ったら「 これ俺の血なんです」って言われて。 鶴岡 あと、投稿四コマにーム「 明日死にます」とかいうのがいたでしょ?困ったもんですね。 白取 まあ、そういう雑誌って言っちゃなんなんですけど、それだけじゃないぞっていう感じで。 鶴岡 なんでも許してもらえると思うなよ、だからって(笑)。 白取 駆け込み寺じゃないんだから。 ただそういう間口の広さっていうので集まってきたいい才能もいっぱいあったんですけど……これ別に 『ガロ』追悼ナイトとかじゃないんですけど(笑)。 鶴岡 まあ、さんとかもよその雑誌だったら、絵はいいんだけど話を変えろとか言われますもん、絶対。 白取 大手の出版社だと毎回ネームチェックってのがあるんですけど、言ってみればヤバイこと描いてないかってところもその時点でチェックしちゃうんですよ。 いつぞやのの『』も、 皇室っていうだけで検閲されてスポーンと弾かれるという。 まああんまり言いたくないんですけど、漫画っちゅうのも一応表現なんで、そういうのが入っちゃうと辛いなぁとは思うんですけどね。 鶴岡 それで 怒る馬鹿がいるってのもあるんですけどね、世の中。 白取 差別とかを肯定しているわけじゃないんだよね。 鶴岡 肯定と現状認識っていうのを分けて考えないと。 白取 現実に街歩いてればゴミも捨ててあるし、浮浪者も寝てたりするじゃないですか。 鶴岡 新宿西口に行ったら イヤでも見れるんだから、 こういうドラマが。 白取 やっぱそういうところを見て行かなきゃダメだしね、 そこらへんを描くっていうのはすごい大事なことだと思う。 鶴岡 社会が成立するうえで いろんなことが隠蔽されているっていうか、とり繕われているんですよ。 やっぱり来日する時に「 オマンコに葉巻入れたヤツ来日」って誰も書かないじゃないですか、それはとり繕われてるんですよ。 白取 「うーん旨い」って(笑)。 鶴岡 やっぱ小渕はお土産として葉巻あげなきゃダメじゃないですか。 白取 そろそろ次の話を……(笑)。 純粋な傍観者 白取 それじゃ今日はもう一人ゲストの方が見えてます。 版『うどん2』の帯を書いていただいたミュージシャンのさんです。 サエキ よろしくお願いします。 僕は実はご本人に会ったことはないんですけど、僕のエッセイの連載で、さんに挿し絵を描いてもらってたんですよ。 それを依頼した時に電話をかけたんですけど、 非常にうつ的な話し方をする方ですよね。 白取 うん、そうですよね。 サエキ すごくゆっくりと話すっていうか、途切れ途切れ。 すでに精神的には健康な方ではないなと思ったんですけど、それは誰に対してもそうだったんですか? 白取 そうですね。 根本 僕なんかは精神的に健康じゃないというよりかは、 子どものままの人だなって感じがしますけど。 子どもってある面大人を見抜いてるとこあるじゃないですか。 サエキ 言葉を選んでるっていうか探しながらしゃべってるって感じですよね。 それと下品なことって全然言わないですよね、あんまりエッチなこととか考えない人なんですかね?漫画にもセックス描写は出たことないですよね。 鶴岡 そうですよね、普通の露悪趣味ってすぐにセックスに行っちゃうんですけどね。 白取 子どもってウンコとかオシッコとかって言うけどセックスとは言わないですよね、そのへんからも子どものままって感じがしますよね。 サエキ なるほど、それでその連載をお願いした2カ月後くらいにプラスワンで僕のコアっていうイベントがあって、それに来てくれたんですよ。 それですごく会いたかったんですけど、お土産を残して去っていったという。 僕、顔がわからないんで確認できなかったんですよね。 顔がわからない人の話をするってのもイマジネーションだけが膨らんでいって、変な感じなんですけど。 実際どんな感じの人だったんですか? 根本 十代の終わりくらいに初めて会って、変わっちゃいるけど基本的にかわいい子なんですけど、 31まで全然変わらなかったですね。 鶴岡 顔出てませんでしたっけ?1回ガロに写真載りましたよね、眼鏡かけてて、ちいっちゃい方ですよね。 サエキ 「にゃーこ」みたいな人なんですかね? 白取 顔は全然そうではないんですけど、 雰囲気はそのまんま「にゃーこ」ですね。 サエキ それで、そのイベントの後に2カ月に1回くらいは長電話するという関係にはなりまして。 必ず最初に山野さんが出てくるんですけど、すごいちゃんとしっかりした応対をされて、その後に「も〜し~も~し~」ってさんが出てくるという、その対比がおもしろかったんですけど。 白取 山野さんって すごいナイスな好青年って感じの方ですよね。 サエキ 『』で書いてた「ぢるぢる日記」の山野さんって、 ヒゲ面で、的な描かれ方をされてるんですけど。 白取 本人は全然違いますからね。 鶴岡 『』だけ見てると 工員かなんかかと思いますよね。 サエキ 電話の印象とはだいぶ違いますね。 白取 美男子ですよ、本当の山野さんは。 サエキ そもそもあの2人はいつ頃から一緒にいるんですか? 根本 つきあいだしたのは10年くらい前ですね。 サエキ じゃあ、山野さんがデビューした後なんですね。 山野さんのデビューも衝撃的でしたね、 漫画だけ読むとっていうかヤバイ人っぽいんですけど、 そんな格好いい人が描いているとは。 白取 見るからにヤバイ人がそういう漫画を描いてても おもしろくもなんともないんですけどね。 サエキ どうしてそんなことになってしまったんでしょうね?普通にロックでもやってればモテモテだったのに。 鶴岡 山野さんって顔だけは 社会の勝者みたいな顔してるじゃないですか。 白取 顔だけって。 鶴岡 だって漫画はとても社会の勝者が描くものじゃないですからね。 サエキ 山野さんって最初ぐちゃぐちゃな漫画だったんですけど途中からメチャクチャさ加減はそのままに、悟りを開いたかのような神がかった作風に変わったじゃないですか。 白取 さっきの、 浮浪者がはねられているのを見ている視点ですね、そのへんが『四丁目の夕日』とかにも出てると思うんですけど。 鶴岡 純粋な傍観者としての神を描くようになりましたよね。 サエキ 山野さんがそういうふうに変わっていったのって、少なからずさんとの精神関係とかが関係してくるんですかね? 白取 僕はやっぱり、 という伴侶を持ったことによって、フォロー者としての視点を持たなきゃならなかったってのがあると思うんですよ。 根本 だから、2人とも本当はよく似てるんだけど、 役割分担をしないと社会と折り合っていけないじゃないですか。 電話の応対にしろなんにしろ、山野さんだって本来そういう人じゃなくても、がいることによって、 そう演じざるを得なかったという。 白取 だから必然的に山野さんの作風も変わっていかざるを得なかったと。 根本 いや、そこは 作家として行きつくべき方向に行ったような気がするけどなぁ、ちゃんと。 白取 逆に言うと、そこらへんのフラストレーションが『どぶさらい劇場』とかに出てきたんじゃないかと。 鶴岡 ありますよね、 普段メチャクチャなヤツって意外と毒にも薬にもならないものを描きますからね。 白取 変態が一番多いのは 警官とか公務員とか医者とかだもん。 鶴岡 意外とちゃんとした感じの人のほうがヤバイと。 生きていたことさえも サエキ 死ぬ前に描いた、『コミックビンゴ! 』の追悼号(98年7月号)に載ったヤツあるじゃないですか、読むだけでになりそうな。 あれ怖いですよね。 鶴岡 死んじゃったっていう情報があるから増幅されてるんだろうけど、俺、アレ怖くて1回しか読んでないんだよ。 サエキ いや〜死ぬ前って感じしますよね、根本さんなんかはどう思われました? 根本 そういうのがあるからそう見えるんであって、多分それがなかったらいつものとおりに見えるんじゃないですかね? サエキ まあ普段でもアレくらいの話はありますからね。 あと『』の日記を読んでますと、定食屋のオヤジのすることが気にくわないとか、けっこう気にくわないことが多いですよね。 白取 気にくわない人が多いから人にも会わないんじゃないですかね。 サエキ 気にくわないってことと精神的なことって関係あったんですかね? 白取 いや〜、僕はそんなにさんが精神的にどうこうってのは考えてないんですよ。 確かにまじめな話をすれば、『ガロ』っていうのは自由に描いてくださいって感じなんですけど、よその雑誌に行くことによっていろいろ言われるわけですよ、漫画ってのも商売だしそういうのもわかるんだけど、作家にとってやっぱりそれはすごいストレスだと思いますよね。 でも僕は、それが原因でどうこうとはあまり思わないですね。 鶴岡 何か気まぐれで死にたくなる時ってあるじゃないですか。 白取 深刻に悩んだ末って感じではないと思いますよね。 鶴岡 タイミング的に悪い偶然がいくつか重なっただけだと思いますね。 あるじゃないですか、 プラットフォームとかでふっと落ちちゃおうかな、とか思うこと。 そんなもんだと思いますよ。 白取 いまだに山野さんなんかも 原因はわからないって言ってますしね。 サエキ 山野さんがわからないんじゃ 誰にもわからないですよね。 ちなみにお葬式関係ってどうだったんですか? 根本 きわめて身内だけが集まってって感じでやってましたね。 本当は彼女の希望としてはそういうのを一切やるなってことらしいんですよ。 サエキ 遺書があったんですか? 白取 何年も前に遺書を書いてたらしいんですよ、 生きてたことさえも忘れてくれみたいな。 鶴岡 早く忘れなきゃ、皆。 白取 だからこういうイベントで、黙祷とか臭いことをやって故人を悼むとかっていうのは、 本人が一番イヤがることですよね。 根本 あんまりいろいろやっても 絶対喜ばないからね、本人。 サエキ まあ、こういう日が1日ぐらいあってもいいと思うんですけどね、毎日こんなことしてるわけじゃないし。 鶴岡 あ、そうそう、今インターネット上で 自称の生まれ変わりっていうのがいるんですよ。 お前7才かっていうの。 だからそのうち 2世っていうのも絶対出てくると思いますよ10年、20年とかしたら。 そこまで行っていいキャターだと思うし。 白取 肯定かい(笑)。 鶴岡 と同レベルで、絶対出てくるよ。 白取 でもなんかそういう人って皆、 本人に殴られそうですけど。 鶴岡 そうね。 白取 「神の見えざる手」で、畜生丸にはねられたり。 鶴岡 家、火事になったりね、死ぬよ。 蛭子の呪い 客 (会場から) 蛭子さんの呪いみたいですね。 白取 そうそう、今誰か言ったけど、 蛭子さんに下手に関わると死ぬよ。 ファンクラブの会長死んだしね。 鶴岡 俺の知り合いで蛭子さんにサインもらった人がに入っちゃったし。 サエキ 横浜のクリスマスディナーの広告に蛭子さんの絵が使われて。 まるでのジャケットのような2人が描いてあるんですけど、よく見ると顔が蛭子さんの絵っていう。 白取 狂ってますね日本も、あれ行ったヤツ絶対何人かは死にますよ。 皆、蛭子さんの恐ろしさを知らないんだよ、何人も死んでるんだから。 ファンクラブの会長だけじゃなくて、さんも事故ったし。 根本 『Number』の担当者も死んだでしょ。 サエキ たけしさんが事故った頃って蛭子さんと何かやってますか? 根本 1週間前に生まれて初めてたけしさんが蛭子さんから本もらって、それじゃあってサインもらってたらしいですよ。 サエキ うわヤバイ! 根本 がやっぱり「新橋ミュージックホール」でたけしさんと一緒になって蛭子さんのことハリセンでパンパン叩いたらしいんだけど、 1週間後に交通事故になったんですよ。 サエキ 「」関係大丈夫ですかね? 根本 それでが これは本当に何かあるんじゃないかってことで使いの若い者に蛭子さん関係の記事を全部コピーして来いって言って図書館に行かせたらしいんだよ? そしたら帰りにそいつが事故にあったんですよ。 白取 調べただけでこれだ。 鶴岡 あれから「」で「悪人」っていう呼び方になったんですもん。 サエキ 平気かなー、山田まりやとか……。 根本 今、日本全国で蛭子さんのサイン持ってる人って何人もいるんだろうけど、その内何割が死んでるのか調べてみたいね。 白取 その死亡率たるや、 高圧線の下の癌発生率を凌いでると思うよ。 根本 あとほら、蛭子さんがずっと住んでる所沢って、今がすごいんだよね。 白取 蛭子さんにとってはエネルギーだから。 鶴岡 それと、よりによって蛭子さんの息子さんって今で働いてるらしいんですよ。 白取 消えますね(笑)。 じゃあ、蛭子さんはの最終兵器なんだ。 鶴岡 しかし、そこまでわかってるのになんで蛭子さんはサインするんですかね。 だって『ガロ』とかで根本さんがガンガン書いてるのに読んでないんですかね? 根本 読まない読まない、人の書いたものに興味ないもん。 鶴岡 じゃ、何書いてるか知らないんだ。 白取 基本的に読まないですから。 サエキ ところで根本さんはなんで無事なんですか?ある意味最も頻度が高いのに。 根本 俺免疫あるから、 対因果者の。 スタンスさえまちがえなきゃ大丈夫。 「修行」もしてるし。 白取 蛭子さんがそういう人物だってことを教えてくれたのが根本さんだから。 根本さんのおかげでわれわれは命拾いしてるんですよ。 鶴岡 俺も根本さんの書いているものを読んで、蛭子さんのサインをもらっちゃいけないんだってことを知りましたからね。 あれ読んでなかったら今頃余裕で死んでますね。 サエキ でも根本さんも蛭子さんと接した結果、そういうことがわかったんでしょ。 それに気づく前には、何か悪いことは起こらなかったんですか? 根本 あのころはまだ蛭子の魔力もそんなに野放図じゃなかったから。 だんだん人に認められだして金持ちになってからですから。 白取 人を量る尺度が「年収」ですからね。 会うと「根本さん年収いくら?」とか訊いてくるでしょ。 サエキ ぶしつけなんてもんじゃないですね。 根本 もはやそれすらも言わないですけどね。 以前俺の本が出たときに友だち集めて出版記念パーみたいなことをやったんだけど、蛭子さんがその時プレゼントを買ってきたんですよ。 それの中身がトランクス1枚と72分の生カセットテープが2本だったという。 鶴岡 普通、無難に花とか買ってくるじゃないですか。 根本 だからあれは無意識の内に俺への評価をしてるんだと思うんだよ、蛭子さんにとって俺は トランクス1枚と72分の生カセットテープ2本程度の男なんだよね。 それ以上でも以下でもない。 鶴岡 合計して千円いかないでしょ(笑)。 白取 ええー、今日は追悼ナイトなんですが、なぜか蛭子さんの話で盛り上がってます(笑)。 根本 そのほうが、らしくていいんじゃない。 きっと話がよそへ流れてホッとしてるよ、彼女。 『TALKING LOFT3世』VOL. 2所収 kougasetumei.

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