あばだんご 炎上。 あばだんご「湊あくあ」に1万円スパチャしてオタクに叩かれ炎上

Vtuber 【湊あくあ】あばだんご炎上の件について『もこう』が一喝!【動画】

あばだんご 炎上

【この記事は約8分で読めます】 ウメブラをはじめとした大会で日々活躍するスマブラプレイヤーたちの中でも、実力と知名度ともにトップクラスのプレイヤーといえば忍ism所属あばだんご選手の名前は真っ先に挙がる。 EVO 2019でも壇上まであと一歩の9位タイとそのポテンシャルをいかんなく発揮している。 このインタビューでは、彼のこれまでの歩みを改めて振り返りつつ、プレイヤーとストリーマーの両方で活躍できる思考に迫ってみた。 忍ism Gaming所属スマブラトッププレイヤー。 スマブラfor時代の国内大会成績ランキング「JAPAN Power Rankings」では1位を獲得。 YouTubeでの配信や動画投稿、現役プレイヤーによる記事を展開する「」の立ち上げに参画するなど、多方面で活躍する。 Twitter:• YouTube: 大会戦績(一部)• ウメブラSP4:優勝• EVO 2019:9位タイ• ウメブラSP3:5位• ウメブラSP:9位• プレイヤーとして大会や宅オフに足を踏み入れた経緯を教えてください。 あばだんご: NINTENDO64で発売された1作目から次のスマブラDXまでは普通に遊んでいたくらいで、スマブラだけじゃなくていろんなゲームをプレイしていました。 その後、WiiのスマブラXになってオンラインに対応したんです。 そこでオンライン対戦をやってみたいなと思い、当時流行っていた「モバゲータウン」で友達を作って、一緒にやるようになったのが、知らない人との対戦を体験した最初の経緯ですね。 それから「スマコム」というスマブラ専門のコミュニティサイトを教えてもらってそっちに移ったんです。 そこが一番強い人たちが集まっているらしくて。 で、スマコムで募集を見つけて行ってみたのが初めてのオフ大会です。 当時、自分が住んでいたところから2~3駅くらいで行けるところでやっていたので「とりあえず行ってみよう」って感じで参加しました。 その場で知り合った家が近いプレイヤーに宅オフに誘われて、宅オフにも行くようになりました。 高校1年生の頃ですかね。 あばだんご: そうですね。 初めて海外の大会に出場したのは大学1年生の頃、スマブラXの4年目くらいの時期です。 その頃は自分自信でかなり強かったと思っていたので力試しのつもりで行きました。 そこではあまり良い成績は出せなかったですね。 人数が多いのもありますけど、人間性能が上振れているような人が結構いた印象を受けました。 あと、当時は僕たち日本のプレイヤーが負けると、USAコールが起きたり(笑)。 現地の人は現地の人のところに集まって応援するので、特に配信外の試合がきつかったです。 最近は、「わざわざ日本から来てくれているのに」っていう考えの人が結構いるみたいで、USAコールはあまり聞かれなくなりました。 渡航費は自費で賄っていたのですか? あばだんご: 自費ですね。 前年に行った人がどのくらい必要だったかをまとめてくれて、だいたい20万円くらいで足りると。 バイトして貯めたお金で行っていました。 当時はスマブラXを一番やりこんでいるという自信があって、どれくらいやれるかっていうのを経験しておきたかったという感じです。 「機動戦士ガンダム エクストリームバーサス」とか「ウルトラストリートファイターIV」とか。 特にウル4は1年以上やって、最高でPP3,500くらいまで頑張って上げましたが、スマブラforが出たときにやめました。 他にも「ポッ拳」も触ってましたね。 その頃はスマブラのプロゲーマーはいなかったし、「ストリートファイター」とかのプレイヤーの選ばれた人しかなれないんだろうなと思ってたので。 そんな中、aMSaさんがスマブラfor発売前にプロゲーマーになって、そこからちょっとずつその道もあるのかなーと考え出しました。 自分は準優勝したんですけど、優勝したのがNietonoさんだったんです。 その直後にNietonoさんがDetonatioN Gamingに所属することになったので、「もし自分が優勝していたら……」という妄想が始まって(笑)。 あばだんご: 自分はというと、その後は海外でいい成績を日本人で最初に取りたいなと思って海外の大会に参加し、たまたまいい成績を残せて大会側から招待もくれるようになったりしました。 そして、EVO 2015でスマブラがメイン種目になったんです。 これ行くしかないと思ってドネーションを募ってなんとか出場でき、4位になれたんですけど、ここが2つめのきっかけになります。 というのも、僕以外のトップ8に入った選手が全員スポンサードされたんですよ。 それを見たら羨ましくなりました。 プロゲーマーを目指したきっかけとしては、これが一番大きいですかね。 そこからはスポンサードされるようなプレイヤーになることを意識して頑張り始めました。 R、Nairo、Ally、Esam、Dabuz、Fow……EVO 2015の上位は錚々たるメンバーですね……。 あばだんご: ですよね。 今でも世界トップレベルのやつらばかりっていう(笑)。 あばだんご: そうなんですが、僕、大学院に進んだんですよ。 EVOもあるし、もうちょっとプレイヤーをやりたいなって考えていて、社会人になるのはまだ早いなと。 たまたま、研究室のボスがかなり理解のある人で、日程を詰めてやることちゃんとやれば海外遠征も行っていいことにしてくれたので、そしたら社会に出るよりは大学院に進む方がいいと思いました。 大学院に進んだりする人が多くて。 なのでその感覚はあまりなかったかも。 私も大学は理系だったのでなんとなく想像できるのですが、実験や課題などが多くてスマブラの大会に出たり練習したりするのは大変だったんじゃないですか? あばだんご: きつかったですね。 ただ、情報工学科だったこともあって、学校にいなくてもリモートでできることが結構あったんですよ。 そのおかげでやれたっていう部分はあります。 あばだんご: 大学院の2年目に普通は就活のフェーズになるんですけど、僕はLuminosity Gamingの契約期間だったこともあって特に就活はしなかったんですね。 それで、契約が12月に終わって、そこからは修士論文とかをやって、卒業後は1年間くらいはゲームで稼ぐ道をなんとか考えてやっていこうと思っていました。 修論が終わってから、YouTubeがかなりブルーオーシャンだと気づいたんです。 で、去年の2月くらいにYouTubeを始めようと思って、再生数の伸ばし方をちょっとずつ意識して、他のYouTuberを見てサムネの勉強もしました。 現役プレイヤーとしては割と先取っていたと思います。 大会に出るようなプレイヤーで動画を作っている人があんまりいないなかったんですよ。 当時はYouTubeの動画って、低めの年齢層に受けるようなタイトルとかでインパクトを作らなきゃいけないですが、そういうのをみんながやりたくないと思っていたのか誰も手を出していなくて、そこで自分がちょっとやってみたら、かなりいけるなという感触を掴めました。 あばだんご: そうですね。 最初にやっておいて良かったなって思いますね。 正直、今から始めても、もう配信なんてありきたりだからキツイんじゃないかな。 最初にスタートダッシュを切って、強いプレイヤーの中で一番登録者が多いっていう立ち位置を確保できたのはかなり大きいですね。 スマブラSPが発表されたのが3月だったんですけど、これは今のうちに登録者を集めておく時期だと。 発売されたらまずは登録者数が多い人を見に行くだろうから、意識して動いていました。 スマブラSP発売時は、その狙い通りにいきましたか? あばだんご: 発売前に35,000人くらい登録者がいて、発売後は毎日のように配信と動画を上げたら、一気に10万人まで増えましたね。 まさにバブル。 とりあえずは毎日のように配信と動画を上げていました。 これはゲームがすごいっていうことなんですけどね。 人気のゲームじゃないとさすがにこんなに増えないでしょうから。 YouTuberが職業として定着していた時期ではありながら、スマブラに限ってはまだまだブルーオーシャンであると見抜き、強いプレイヤーで一番登録者が多いポジションに立つ。 今の知名度を得たその自己プロデュースの手腕はスマブラ勢随一のものではないだろうか。 その思考は個人のためだけでなく、Smashlogの立ち上げ協力というコミュニティレベルの動きへとつながっていく。 インタビュー後編では、スマブラSP発売以降のプレイヤーとしてのあばだんご選手に迫っていく。 キャラクター選びの哲学やキーコンフィグの設定やその意図まで明かしてくれた。 写真・Yumiko Mitsuhashi.

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Vtuber 【湊あくあ】あばだんご炎上の件について『もこう』が一喝!【動画】

あばだんご 炎上

【この記事は約8分で読めます】 ウメブラをはじめとした大会で日々活躍するスマブラプレイヤーたちの中でも、実力と知名度ともにトップクラスのプレイヤーといえば忍ism所属あばだんご選手の名前は真っ先に挙がる。 EVO 2019でも壇上まであと一歩の9位タイとそのポテンシャルをいかんなく発揮している。 このインタビューでは、彼のこれまでの歩みを改めて振り返りつつ、プレイヤーとストリーマーの両方で活躍できる思考に迫ってみた。 忍ism Gaming所属スマブラトッププレイヤー。 スマブラfor時代の国内大会成績ランキング「JAPAN Power Rankings」では1位を獲得。 YouTubeでの配信や動画投稿、現役プレイヤーによる記事を展開する「」の立ち上げに参画するなど、多方面で活躍する。 Twitter:• YouTube: 大会戦績(一部)• ウメブラSP4:優勝• EVO 2019:9位タイ• ウメブラSP3:5位• ウメブラSP:9位• プレイヤーとして大会や宅オフに足を踏み入れた経緯を教えてください。 あばだんご: NINTENDO64で発売された1作目から次のスマブラDXまでは普通に遊んでいたくらいで、スマブラだけじゃなくていろんなゲームをプレイしていました。 その後、WiiのスマブラXになってオンラインに対応したんです。 そこでオンライン対戦をやってみたいなと思い、当時流行っていた「モバゲータウン」で友達を作って、一緒にやるようになったのが、知らない人との対戦を体験した最初の経緯ですね。 それから「スマコム」というスマブラ専門のコミュニティサイトを教えてもらってそっちに移ったんです。 そこが一番強い人たちが集まっているらしくて。 で、スマコムで募集を見つけて行ってみたのが初めてのオフ大会です。 当時、自分が住んでいたところから2~3駅くらいで行けるところでやっていたので「とりあえず行ってみよう」って感じで参加しました。 その場で知り合った家が近いプレイヤーに宅オフに誘われて、宅オフにも行くようになりました。 高校1年生の頃ですかね。 あばだんご: そうですね。 初めて海外の大会に出場したのは大学1年生の頃、スマブラXの4年目くらいの時期です。 その頃は自分自信でかなり強かったと思っていたので力試しのつもりで行きました。 そこではあまり良い成績は出せなかったですね。 人数が多いのもありますけど、人間性能が上振れているような人が結構いた印象を受けました。 あと、当時は僕たち日本のプレイヤーが負けると、USAコールが起きたり(笑)。 現地の人は現地の人のところに集まって応援するので、特に配信外の試合がきつかったです。 最近は、「わざわざ日本から来てくれているのに」っていう考えの人が結構いるみたいで、USAコールはあまり聞かれなくなりました。 渡航費は自費で賄っていたのですか? あばだんご: 自費ですね。 前年に行った人がどのくらい必要だったかをまとめてくれて、だいたい20万円くらいで足りると。 バイトして貯めたお金で行っていました。 当時はスマブラXを一番やりこんでいるという自信があって、どれくらいやれるかっていうのを経験しておきたかったという感じです。 「機動戦士ガンダム エクストリームバーサス」とか「ウルトラストリートファイターIV」とか。 特にウル4は1年以上やって、最高でPP3,500くらいまで頑張って上げましたが、スマブラforが出たときにやめました。 他にも「ポッ拳」も触ってましたね。 その頃はスマブラのプロゲーマーはいなかったし、「ストリートファイター」とかのプレイヤーの選ばれた人しかなれないんだろうなと思ってたので。 そんな中、aMSaさんがスマブラfor発売前にプロゲーマーになって、そこからちょっとずつその道もあるのかなーと考え出しました。 自分は準優勝したんですけど、優勝したのがNietonoさんだったんです。 その直後にNietonoさんがDetonatioN Gamingに所属することになったので、「もし自分が優勝していたら……」という妄想が始まって(笑)。 あばだんご: 自分はというと、その後は海外でいい成績を日本人で最初に取りたいなと思って海外の大会に参加し、たまたまいい成績を残せて大会側から招待もくれるようになったりしました。 そして、EVO 2015でスマブラがメイン種目になったんです。 これ行くしかないと思ってドネーションを募ってなんとか出場でき、4位になれたんですけど、ここが2つめのきっかけになります。 というのも、僕以外のトップ8に入った選手が全員スポンサードされたんですよ。 それを見たら羨ましくなりました。 プロゲーマーを目指したきっかけとしては、これが一番大きいですかね。 そこからはスポンサードされるようなプレイヤーになることを意識して頑張り始めました。 R、Nairo、Ally、Esam、Dabuz、Fow……EVO 2015の上位は錚々たるメンバーですね……。 あばだんご: ですよね。 今でも世界トップレベルのやつらばかりっていう(笑)。 あばだんご: そうなんですが、僕、大学院に進んだんですよ。 EVOもあるし、もうちょっとプレイヤーをやりたいなって考えていて、社会人になるのはまだ早いなと。 たまたま、研究室のボスがかなり理解のある人で、日程を詰めてやることちゃんとやれば海外遠征も行っていいことにしてくれたので、そしたら社会に出るよりは大学院に進む方がいいと思いました。 大学院に進んだりする人が多くて。 なのでその感覚はあまりなかったかも。 私も大学は理系だったのでなんとなく想像できるのですが、実験や課題などが多くてスマブラの大会に出たり練習したりするのは大変だったんじゃないですか? あばだんご: きつかったですね。 ただ、情報工学科だったこともあって、学校にいなくてもリモートでできることが結構あったんですよ。 そのおかげでやれたっていう部分はあります。 あばだんご: 大学院の2年目に普通は就活のフェーズになるんですけど、僕はLuminosity Gamingの契約期間だったこともあって特に就活はしなかったんですね。 それで、契約が12月に終わって、そこからは修士論文とかをやって、卒業後は1年間くらいはゲームで稼ぐ道をなんとか考えてやっていこうと思っていました。 修論が終わってから、YouTubeがかなりブルーオーシャンだと気づいたんです。 で、去年の2月くらいにYouTubeを始めようと思って、再生数の伸ばし方をちょっとずつ意識して、他のYouTuberを見てサムネの勉強もしました。 現役プレイヤーとしては割と先取っていたと思います。 大会に出るようなプレイヤーで動画を作っている人があんまりいないなかったんですよ。 当時はYouTubeの動画って、低めの年齢層に受けるようなタイトルとかでインパクトを作らなきゃいけないですが、そういうのをみんながやりたくないと思っていたのか誰も手を出していなくて、そこで自分がちょっとやってみたら、かなりいけるなという感触を掴めました。 あばだんご: そうですね。 最初にやっておいて良かったなって思いますね。 正直、今から始めても、もう配信なんてありきたりだからキツイんじゃないかな。 最初にスタートダッシュを切って、強いプレイヤーの中で一番登録者が多いっていう立ち位置を確保できたのはかなり大きいですね。 スマブラSPが発表されたのが3月だったんですけど、これは今のうちに登録者を集めておく時期だと。 発売されたらまずは登録者数が多い人を見に行くだろうから、意識して動いていました。 スマブラSP発売時は、その狙い通りにいきましたか? あばだんご: 発売前に35,000人くらい登録者がいて、発売後は毎日のように配信と動画を上げたら、一気に10万人まで増えましたね。 まさにバブル。 とりあえずは毎日のように配信と動画を上げていました。 これはゲームがすごいっていうことなんですけどね。 人気のゲームじゃないとさすがにこんなに増えないでしょうから。 YouTuberが職業として定着していた時期ではありながら、スマブラに限ってはまだまだブルーオーシャンであると見抜き、強いプレイヤーで一番登録者が多いポジションに立つ。 今の知名度を得たその自己プロデュースの手腕はスマブラ勢随一のものではないだろうか。 その思考は個人のためだけでなく、Smashlogの立ち上げ協力というコミュニティレベルの動きへとつながっていく。 インタビュー後編では、スマブラSP発売以降のプレイヤーとしてのあばだんご選手に迫っていく。 キャラクター選びの哲学やキーコンフィグの設定やその意図まで明かしてくれた。 写真・Yumiko Mitsuhashi.

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スマブラのために「就職より大学院」あばだんごは常にベストの選択をする

あばだんご 炎上

元記事はこれ。 様々な反応がありましたが、個人的にこの内容はよい部分と悪い部分が混在していて、特に「ブログ記事の書き方としてまずい」部分がいくつかあると感じました。 FGCウオッチャーでありインターネットのブログブームを通り過ぎた者として感想を書いていきます。 ・タイトルに引きずられすぎでは 正直なところいうとここが最も感じました。 挙げられている内容は起こったことそのものは事実ではありますが、「メディアのため」というタイトルをもってきてそれに全部くっ付けるには、根拠が弱い、解釈が違うものが多いと感じました。 「いちゃもん」的な反応をしている人はそこの書き方に関して反応していると思います。 また、そういった一足飛びなムーブがインターネットに溢れていてめんどくさい…ということはあばだんごさん視点からは「知っとるわ」といった感じでしょうから、なおさら自重して欲しかったと思います。 余談ですが、ブログ周辺で「タイトルは釣り」という言い方があります。 これは煽情的なタイトル・中身はむちゃくちゃでとにかくアクセスを稼ぐブログ群(ゲーム方面だとゲハブログがそう)を皮肉って言われる表現ですが、タイトルでブチ上げて耳目を引いておいて「タイトルは釣りです」と断ってっかりと切り分けて中身を書く人もいます。 ブログを書いていく人として願わくば後者のようになっていって欲しいと思います。 ・細かい事 配信における「広告的カットイン」に関しては、「大会配信中にはさまる広告手法」としてはかなり穏当なもので、他の大会でもよく用いられ、認められている手法だと認識しています(主催大会などに顕著だと思います)。 なのでメディアや企業の有無ではなく「カットインの設定秒数、カメラのスイッチングが下手だった」とするべきでしょう。 試合の巻き戻し、再試合に関しては「あってはならないこと」ではありますが、本家EVO特に大規模化した2016ではいくつか発生していたと記憶しています。 大規模がゆえのスタッフとプレイヤーのコミュニケーション不全が原因なことも多く(あと言語の壁)、これをすべてメディアの介入を原因とするのはに思えます。 ちなみに引用されているGamerBeeの発言をやってしまったのは2D格ゲー運営で現役の有名な方です。 ・もっと言ってほしいところ スマ4のトッププレイヤーとして「壇上でのスマ4の扱い」に関してはバンバン言って欲しいし、今回の記事でのその部分は全面的に支持します。 個人的な感覚としては今回のEVOJPで「比較的ワリを食った種目」がスマ4だと思うのでそこを主張してもいいのかなと思います(本家EVO2016でもそうだったし)。 会場や日程はもちろん大人の事情で難しいところではありますが、今回のEVOJPはDay2とDay3の色々な意味での「隙間」が多い大会であったことは事実なので、それをもろにうけたスマ4は「よくなかった」という権利があると感じます。 ・メディア・企業に関して メディア・企業の介入が無い方がよい、という気持ちは自分も持っていますし、正直なところメディアが全面に出たDay3よりもDay2の方が個人的には好きな部分もあります。 ですが、すべて拒否するのではなく上手に取り込んでいくのが今現在の流れで、目指すべきところではないかなと感じます。 事実本家EVOではその「うまい取り込み方」を模索している真っ最中ですし、西海岸の中心である2GGが属するEsportsArena(スト系のLevelUpもここです)周辺のコミュニティでは数年前から日清のスポンによる大会がたびたび開催されていますし、スト系のLevelUpでは新興の配信サービスとの連携を幾度か行っています。 そういった北米での背景を踏まえたうえで、大会におけるメディア・企業のことを論じていくべきかなと思います。 あばだんごさんは知りえる立場にいるはず、という期待もあります。 ・最後に 無責任な書き方になりますが、あばだんごさんはによくいる半端な知識でやたらと強い論調で語ったり思わせぶりなことをいって実質中身のない人々…とはまた違った内容のことが書ける立場にいると思っているので、そういうことの書き手としてビッグになっていただきたいと思っています。

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