収束と終息。 「収束」と「終息」の違いと使い分けとは?宣言するのはどっち?

「収束」「集束」「終息」「終結」の意味と違い

収束と終息

Sponsored Link 収束と終息の違いと使い分け さて、両方の意味をチェックしたところで、 今度はこの二つの 違いについてみていきましょう。 収束が「まとまって収まりがつくこと」「一定の状態に落ち着く」を意味するのに対して終息は「物事が終わること」「完全に終結する」ことを意味しています。 つまり、「収束」には「終息」の方にはない「 落ち着く」というニュアンスが含まれています。 なので、世界を揺るがすような大きな戦争が終わったときや、ひとつの時代が終わったときには終息を使い、会社の混乱や浮上した問題事が落ち着く際は収束を使います。 完全に終わったのか、落ち着いただけで完全に終わってないのか、という違いがあるわけですね~。 先の例も踏まえたうえで、これは、 「 終息宣言」なのでしょうか。 それとも「 収束宣言」なのでしょうか。 宣言と付く場合も、終息と収束の違いと同様にその内容、 何を指しているかでどちらを使うかが変わってきます。 例えば、新型肺炎やノロウイルス感染症などの蔓延がおさまり、被害が広がる恐れがなくなった場合などには通常、 終息宣言 を使うようです。 ・・・・・・・ あれれ? これってちょっと疑問ですよね。 「 病気はまた蔓延するかもしれないのに、完全な終わりを意味する終息を使うのはおかしくない?」 こんなふうにも思えます。 しかし終息宣言は、.

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「収束」「集束」「終息」「終結」の意味と違い

収束と終息

91日前 「終息」と「収束」が混乱している。 新型コロナウイルスとの闘いに「終息」はない。 そもそも、人類にウイルスとの闘いを「終息」させる力能などなく、ウイルスが生命体であるかどうかは議論が分かれるが、ウイルス撲滅とは随分不遜な考え方である。 私たちはこうしたウイルスと共生していかねばならないのである。 だが、人類社会は、この騒動を「収束」させなければならない。 日本政府はこの「終息」と「収束」を取り違えてはならない。 「終息宣言」は、ウイルスとの勝負に、完全に勝利していないとこの宣言は出せない。 ましてや、当初からウイルスとの闘いに向き合うことなく、時間切れを狙った、意味のないパス回し繰り返しているだけでは、「終息」どころか「収束」もおぼつかない。 人類はこの未知のウイルスと共生していかねばならないのは厳然とした事実である。 今、やるべきことはそのピークコントロールについてである。 つまり、ピークを調整しながら社会は新型ウイルスの感染を受け入れざるを得ないのが現実なのである。 何もかもが周回遅れで、そして、何もかもがずれている。 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は2日、新型コロナウイルスの感染拡大についてWHOは韓国、イタリア、イラン、日本の情勢を最も懸念していると述べた。 この国の「騒ぎすぎ」、「検査不要」の世論が、政府のウイルス対策の初動を決定的に誤らせ、当初より検査体制と情報開示を徹底していれば日本社会はこのようなパニックに陥ることはなかったはずである。 だが、今からでも遅くはない。 徹底した検査体制と情報開示が実行できれば、政府のやることは「緊急事態宣言」ではなく、「収束宣言」である。 各国が日本への渡航に関して自粛勧告を出すなどの動きが出始めている。 日本という政府や国に対する不信感を払拭しなければ、渡航禁止が現実味を帯び、そうなれば、オリンピックどころの騒ぎではなくなる。 新型コロナウイルス危機• 196本 緊急暗号コードDEEP GREEN 「免疫クラスタ」を形象しよう。 これが僕たちのコンセクエンスだ。 最も単純な「事実」を寄せ集めることから始めてみようじゃないか。 今、私たちに必要なのは「統合知」である。 新型コロナウイルスについては、疫学、医学、生物学的領域に留まらず、全体的社会的現象のフェーズに突入している。 全体的社会的現象とは、社会集団の法的、倫理的、審美的、政治的、経済的な側面が一気に表れる現象で、いずれか1つには還元できない。 ゲイジュツはいかなる具体的存在も必要とはせず、価値創出のすべての決定に対して、つねに先んじるのがゲイジュツなんだ。 このまま社会に具体を示さないゲイジュツを続けることは、未来に対して新たな贖罪のアクチュアルを負うことになる。 つまり、未知のウイルスとの闘い、これはゲイジュツの仕事なんだ。 僕たちはようやくこの問題の核心にたどりつくことができたんだ。

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新型コロナ1年で収束せず 専門家は厳しい見方、五輪にも影響|医療ニュース トピックス|時事メディカル

収束と終息

スポンサードリンク 「終息」と「収束」の意味と違いは? 連日、 新型コロナウイルスの話題でもちきりですね。 今、頭の中では「 収束」を打つべくタイピングしていましたが、変換キーで第一候補に出てきたのは「 終息」。 これはわたしが直前に「しゅうそく」の漢字に「収束」を使った文章を書いていたからでもあるんですが、 「終息」と「収束」。 どちらも「しゅうそく」と読む漢字です。 読み方の発音が同じ言葉を同音語といい、 発音が同じで意味が異なる言葉を『同音異義語』といいます。 「せいかく(正確)」と「せいかく(性格)」 「いし(意志)」と「いし(医師)」 などがそうで、これらは読み方と発音は同じでも言葉の意味が全然違いますよね。 「しゅうそく(終息)」と「しゅうそく(収束)」も同音異義語なんですが、どちらも使う場面が似ているので混同しがちの言葉です。 ですが「終息」と「収束」では意味も違いますし、使い方にも違いがあります。 「終息」と「収束」の違い 「 終息」は物事が完全に終わることを意味します。 「 収束」は物事が分裂・混乱していた状態がまとまって収まりがつくことです。 終息の意味と使い方 「終息」とは、「ものごとが終わること」を意味しています。 広辞苑で終息を引くと以下のようになっています。 「今シーズンのインフルエンザの流行に終息宣言が出された」 「十年続いた戦争がようやく終息を迎えた」 「犯人たちが死んでしまったので、一見したところ事件は終息したように見える」 「アメリカ史上最大級の奴隷反乱だったが、短期間で終息した」 「日焼けブームが終息しても、日焼けサロンは相変わらず需要がある」 「タピオカブーム終息の兆しはすでに夏からあった」 「ここにきて一連の騒動は徐々に終息していきそうな傾向も見せている」 「あまり知られていないが、彼もまた事件の終息に尽力した一人だ」 「二人の関係はロンドン時代に終息しており、その後は元の親友同士に戻った」 「この実験でわかったことは、発生から終息までの時間は長くても数分程度だということだ」 「クーデター未遂事件が終息して、ようやく市民は落ち着きを取り戻した」 「一党独裁時代が終息する気配はない」 「1991年のパリ和平会議で内戦は終息した」 このように「終息」は、何らかのものごとが終わりを迎えるときに使われます。 「一度収束した案件が、また再燃した」 「この戦争は永遠に続くものじゃなく、ある段階を過ぎれば収束する」 「彼が会長を説得したことで騒動は収束した」 「これは爆発が収束したあとにできたクレーターだ」 「クルーズ船の乗組員が全員無事に帰国したことによって、この一件は一応の収束をみた」 「もし核爆発が完全に地中で収束した場合には、放射性降下物は殆ど発生しないと考えられている」 「首相の次の行動が、この事態を収束させる唯一のチャンスになる」 「彼の登場によって事態は収束の方向に向かい、やがて穏やかな終焉の時を迎えた」 「誰がいくら払うのかでもめていたが、その場は叔父がもつということでいったん収束した」 「公演が始まる前に、なんとしてでも事態を収束させなければならない」 「あの問題は一旦収束したものの、余談を許さない状況に変わりはない」」 収束には「光線などが一点に集まること」という意味合いもあるとお伝えしました。 その場合の例文、使い方もご紹介しますね。 「終息」:物事が終わること• 「収束」:混乱などが落ち着くこと 「終息」と「収束」は「しゅうそく」と発音する『同音異義語』ですが、使う場面が似ているので混同しやすい言葉でもあります。 「終息」は物事が完全に終わることを意味します。 「収束」は物事が分裂・混乱していた状態がまとまって収まりがつくことですが、 「とりあえず、一旦落ち着いた」という状況なので、根本的な解決にはいたっていません。 「収束」には 「混乱した状態を落ち着かせる」 という意味が含まれています。 「終息」と「収束」は、伝えたい意図によって使い分けが必要な言葉です。 どっちを使ったらいいか迷った時は 完全終了が「終息」 とりあえず収まった状況が「収束」 と覚えておくといいですよ。 ・ ・ ・ ・ ・.

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