くれ ない の 二 尺 伸び たる 薔薇 の 芽 の 針 やわらか に 春雨 の ふる 意味。 近代短歌への道 正岡子規「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」 鑑賞から短歌のコトバを考える

くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の 針やはらかに春雨の降る(正岡子規)

くれ ない の 二 尺 伸び たる 薔薇 の 芽 の 針 やわらか に 春雨 の ふる 意味

引用 [ ] 俳句 [ ]• 赤蜻蛉筑波に雲もなかりけり• いくたびもの深さを尋ねけり• 卯の花をめがけてきたか時鳥• 『寒山落木』所収• 柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺• 鶏頭の十四五本もありぬべし• 嵐机上の白紙飛び尽(つく)す• 若鮎の二手になりて上りけり• 雪残る頂一つ国境• 来年やあふき咲いても逢はれまじ• 山茶花のここを書斎と定めたり 絶筆三句 [ ] 死の半日ほど前、紙を貼りつけた画板を妹の律に用意させ、そこへしたためた辞世の句。 これらの句にちなみ、子規の忌日を糸瓜忌と呼ぶ。 糸瓜咲て痰のつまりし佛かな• 痰一斗糸瓜の水も間に合はず• をとゝひのへちまの水も取らざりき 短歌 [ ]• いちはつの花咲きいでて我目には今年ばかりの春行かんとす• 瓶(かめ)にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり• くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる• 瓶にさす藤の花ぶさ花垂れて病の牀に春暮れんとす• 冬ごもる病の床のガラス戸の曇りぬぐへば足袋干せる見ゆ 野球 [ ]• 久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも• 若人のすなる遊びはさはにあれどベースボールに如くものもあらじ• 打ちはづす球キャッチャーの手に在りてベースを人の行きがてにする• 九つの人九つの場を占めてベースボールのはじまらんとす• 国人ととつ国人と打ちきそふベースボールを見ればゆゆしも• 今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸の打ち騒ぐかな• 明治31年の連作。 ただし収録の順序は不明。 評論 [ ]• は下手なよみにて古今集はくだらぬ集に有之候(これありそうろう)。 『歌よみに與ふる書』• 是なら子規非なり、子規是ならば鉄幹非なり。 『墨汁一滴』• 実景を写しても最美なるはなほ得難けれど、第二流位の句は最も得やすし。 『俳諧大要』• 実際の戰争は危険多くして損失夥しい。 ほど愉快にてみちたる戦争 戰争は他になかるべし。 -- 『筆まか勢』• 近時第一高等学校と在横浜米人との間に仕合(マツチ)ありしより以来ベースボールといふ語は端なく世人の耳に入りたり。 第一高等学校と横浜在住米国人の試合は、日本で始めての対外交流試合であった。 余は今迄禅宗の所謂悟りといふ事を誤解して居た。 悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きている事であつた。 『病牀六尺』• 理想といふやつは一呼吸に屋根の上に飛び上がらうとしてかへつて池の中に落ち込むやうなことが多い。 写生は平坦である代りに、さる仕損ひはないのである。 『病牀六尺』 注釈 [ ].

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教科書の短歌/中学校教材に収録の近代歌人の作品/正岡子規斎藤茂吉若山牧水石川啄木与謝野晶子

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短歌で有名なのは? 【ベスト20首】 短歌の中でも、広く一般に知られているもの、特に有名と考えられるものを 20首選びました。 歌の先頭の文字の五十音順に並べてあります。 またこのページの最後に、これらの短歌の作者たちの他の作品への案内もありますので、そちらも是非チェックしてみて下さい。 幾山河 越えさり行かば寂しさの 終てなむ国ぞ今日も旅ゆく 【作者】若山牧水 【収録歌集】海の声 【補足】 「終 は てなむ」は「果てるであろう」の意味です。 【私感】 「幾山河」を「いくさんが」と読んでみると、歌全体が力強く感じられます。 いざ行かむ 行きてまだ見ぬ山を見む このさびしさに君は耐ふるや 【作者】若山牧水 【収録歌集】独り歌へる 【私感】 前の「幾山河…」の歌と対をなしているように感じられる歌です。 いちはつの 花咲きいでて我が目には 今年ばかりの春行かんとす 【作者】正岡子規 【補足】 イチハツはアヤメ科の多年草で、アヤメ類の中で一番最初に花が咲くことから「一初」と名付けられたものです。 スポンサーリンク いのちなき 砂のかなしさよさらさらと 握れば指のあひだより落つ 【作者】石川啄木 【収録歌集】一握の砂 我を愛する歌 【補足】 啄木が影響を受けたといわれる歌人・土岐哀果 とき あいか に次の歌があります。 わが命 砂の時計のさらさらの 音のまにまに神に帰るか 原文はローマ字表記 瓶にさす 藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり 【作者】正岡子規 【歌集】竹の里歌 【補足】 「瓶」の読みは「かめ」です。 子規の随筆『墨汁一滴 ぼくじゅういってき 』によれば、この歌が詠まれたのは明治34年4月28日であり、翌29日の文章には「枕辺を見れば 瓶中 へいちゅう の藤 紫にして一尺 =約 30cm 垂れたり」とあります。 清水へ 祇園をよぎる桜月夜 今宵逢ふ人みなうつくしき 【作者】与謝野晶子 【収録歌集】みだれ髪 【私感】 祇園、桜、月とそろった美しい夜の情景が思い浮かぶとともに、少し浮き立つような気持ちが感じられる歌です。 くれなゐの 二尺伸びたる薔薇の芽の 針やはらかに春雨のふる 【作者】正岡子規 【歌集】竹の里歌 【補足】 二尺 にしゃく は約 60cmです。 薔薇 ばら の芽の針 はり=とげ が「 やはらか」であり、また春雨 はるさめ の降り方も「 やはらか」と受け取れます。 この歌のポイントとなっています。 死に近き 母に添い寝のしんしんと 遠田のかはづ天に聞こゆる 【作者】斎藤茂吉 【収録歌集】赤光 【補足】 「遠田 とおだ 」は「遠くの田」の意で、「かはづ」は「カエル 蛙 」のことです。 白鳥 しらとり は かなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ 【作者】若山牧水 【収録歌集】海の声 【補足】 初めて発表されたのは以下のものでした。 白鳥 はくてう は 哀しからずや海の青 そらのおをにも染まずたゞよふ その子二十 櫛にながるる黒髪の おごりの春のうつくしきかな 【作者】与謝野晶子 【収録歌集】みだれ髪 【補足】 一般的に「その子」とは晶子自身と解釈されることが多い歌です。 たはむれに 母を背負ひてそのあまり 軽 かろ きに泣きて三歩あゆまず 【作者】石川啄木 【収録歌集】一握の砂 我を愛する歌 【補足】 啄木の母親は、体の弱い啄木が丈夫になる事を願って肉食を絶ったといわれています。 東海の 小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたはむる 【作者】石川啄木 【収録歌集】一握の砂 我を愛する歌 【補足】 「東海の小島」は「日本」の意味すると解釈されることがあります。 何ごとも 夢のごとくに過ぎにけり 万燈の上の桃色の月 【作者】北原白秋 【収録歌集】雀の卵 【補足】 万燈 まんどう とは、仏前で灯す数多くの灯火のことをいいます。 のど赤き 玄鳥ふたつ屋梁 はり にゐて 垂乳根の母は死にたまふなり 【作者】斎藤茂吉 【収録歌集】赤光 【補足】 玄鳥 つばくらめ は「ツバメ」の別名で、「屋梁」の読みは「はり」です。 また、「垂乳根の たらちねの 」は「母」に掛かる 枕詞 まくらことば で、特に意味を持ちません。 はたらけど はたらけど猶 なほ わが生活 くらし 楽にならざりぢっと手を見る 【作者】石川啄木 【収録歌集】一握の砂 我を愛する歌 【補足】 この歌が詠まれたのは明治43年 肺結核により亡くなったのが明治45年 とされています。 この年の 12月に第一歌集『 一握の砂』が出版されていますが、当時の啄木の暮らしは楽ではなく多額の借金を抱えていました。 春の鳥、な鳴きそ鳴きそ、あかあかと 外の面 とのも の草に、日の入る夕べ 【作者】北原白秋 【収録歌集】桐の花 【歌意】 春の鳥よ、 どうか 鳴かないでくれ、鳴かないでくれ。 赤々と外一面の草 の中に に日か入っていく夕方に… スポンサーリンク ふるさとの 山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな 【作者】石川啄木 【収録歌集】一握の砂 秋風のこころよさに 【私感】 「ふるさとの山」は岩手山 いわてさん のことと言われています。 これが 2回使われてリズムを生み出しています。 頬につたふ なみだのごはず一握の 砂を示しし人を忘れず 【作者】石川啄木 【収録歌集】一握の砂 我を愛する歌 【補足】 「のごはず」は「拭 ぬぐ わないで」の意味です。 最上川の 上空にして残れるは いまだうつくしき虹の断片 【作者】斎藤茂吉 【収録歌集】白き山 【補足】山形・大石田町の虹ヶ丘公園には、この歌が刻まれた歌碑があります。 やは肌の あつき血汐にふれも見で さびしからずや道を説く君 【作者】与謝野晶 【収録歌集】みだれ髪 【補足】 「さびしからずや」は、「さびしくないのでしょうか」の意です。 有名な短歌の作者たち このページに集めた短歌の作者たちは、他にも優れた歌を数多く残しています。 それらもあわせて是非とも鑑賞してみて下さい。 特に俳句と短歌においては多大な影響を及ぼしており、これらは子規によって改革されたといってよいでしょう。 その短歌には情熱的といわれるものも多かったので、人々からは「 やは肌の晶子」と呼ばれていました。 牧水は旅と自然を愛した歌人で、歌碑が日本の各地に多く残されています。 生前に発表された歌集は『 一握の砂』だけで、後に歌集『 悲しき玩具』などが刊行されるとともに評価が高まっていきました。 特に「 あめふり あめあめふれふれ かあさんが… 」や「 ペチカ 雪のふる夜は たのしいペチカ… 」などの童謡は有名です。 高校生のときに正岡子規の歌集を読んで感動して歌人を志しました。 後に、子規に師事した伊藤左千夫に弟子入りし、短歌の創作に励みました。

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近代短歌への道 正岡子規「くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる」 鑑賞から短歌のコトバを考える

くれ ない の 二 尺 伸び たる 薔薇 の 芽 の 針 やわらか に 春雨 の ふる 意味

短歌シリーズは第3回となりました。 前回は、一首だけをとりあげて、解釈をしてみたわけですが、実際にこの作品はどんな情景を詠んでいるのだろうか、ということをきちんと考えてみたいと思います。 前回題材としたのは、 くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる• 連作~正岡子規はどのように作品を発表したか? まずは、単純に正岡子規がどのようにこの作品を発表したかから考えましょう。 むずかしいことでも何でもなく、そういう作業をやれば、物事はきちんと見えてきます。 国語の先生も含めて、難しい資料を探したり、論文読んだりする前に、ちゃんとこういうことをやるだけでいいと思うんですよね。 というわけでどうぞ。 庭前即景(四月廿一日作) 山吹は南垣根に菜の花は東堺に咲き向ひけり かな網の大鳥籠に木を植ゑてほつ枝下枝に鶸飛びわたる くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる 汽車の音走り過ぎたる垣の外の萌ゆる梢に煙うづまく 杉垣をあさり青菜の花をふみ松へ飛びたる四十雀二羽 一うねの青菜の花の咲き満つる小庭の空に鳶舞う春日 くれなゐの若菜ひろがる鉢植の牡丹の蕾いまだなかりけり 春雨をふくめる空の薄曇山吹の花の枝も動かず 家主の植ゑておきたる我庭の背低若松若緑立つ 百草の萌えいづる庭のかたはらの松の木陰に菜の花咲きぬ 読んですぐわかることです。 タイトルがついている。 タイトルは「庭前即景」です。 庭はすなわちそのまま景色である、というような意味でしょうか。 10首連作である。 10首で一つの作品であり、おそらく順番にも意味がある。 というわけで、この間の「くれなゐの…」の歌を詠むまでにこんなことが頭に入っている形になります。 庭の前の景色を詠んでいる。 つまり、「庭」である。 垣根があって、山吹や菜の花も他にある。 結構広そうな庭。 鳥かごもあって鳥を飼っている。 これで、ようやく「くれなゐの…」の和歌です。 そうすると、この間の私の説明もちょっと嘘っぽいところが見えてきますね。 薔薇の花を、一本の鉢植えのように書いているが、(もちろん正しい可能性もあるが)もしかしたら、直接庭に植えられていて、もしかしたら、薔薇の花壇のように一本の薔薇でないかもしれない。 最後に春雨が降っているのは、必ずしも薔薇ではなく、薔薇をふくんだ庭の景物全体であり、映像としては庭に春雨が降っている方が合っている なんていう感じです。 要するに、薔薇だけでなく、「薔薇を含む庭」として、この歌をよんでいく必要があるようなのですね。 庭を動く子規の「動き」 さあ、こうなっていきますと、子規が庭の様子をくまなく動いていくことがわかります。 子規の目の動きを追うように、読者である私たちも、庭の景物を追いかけていくんですね。 まずは、そういった「空間的な動き」。 どんな景物があるかはいちいち書かなくても、読めばわかる、という感じでしょう。 そういう空間的な動きを一番感じるのは、一首でいえば、 杉垣をあさり青菜の花をふみ松へ飛びたる四十雀二羽 ですかね。 四十雀を目で追いかけながら、庭の杉垣、青菜の花、松と、目が動いていくのがわかります。 この直前に、「垣根」が登場していますが、ここで目が「青菜」に動くと、次の歌はその「青菜」から始まる。 ここで一度登場した「松」も最後の二首でもう一度現れます。 そう考えていくと、最後の歌は 百草の萌えいづる庭のかたはらの松の木陰に菜の花咲きぬ で終わるわけですが、 もともと、「垣根=杉垣=山吹」「菜の花=松」とはじまっていることを考えると、「百草」といっても、ものすごい広い庭でなく、そこそこの広さの中を、何度も目が動いているようなイメージであることがわかりますね。 間にあったのは、鳥かご、薔薇、青菜の花、牡丹の鉢植え、といったところです。 さあ、この歌には、もうひとつの「動き」がありますね。 そうです。 前回の授業を読んでくれた人はわかると思いますが、「時間の動き」です。 たとえば、 汽車の音走り過ぎたる垣の外の萌ゆる梢に煙うづまく という歌は、今の情景には「何もない」のに、私たちには、「汽車」が走る様子や、「汽車の音」が聞こえてしまう。 正確に言えば、子規は汽車の姿は見ていません。 だから、「汽車の音」と書くわけです。 でも、ぼくらは「汽車の…」というところで、汽車を思い浮かべている。 ところが、「音」と続くわけですから、「見てないのか…」と映像がしぼむわけです。 さらにそれが「走り過ぎたる」とくれば、「今はないのか…」とさらにしぼむ。 そんな歌なんですね。 つまり、子規の想像や、時間の流れを追わされている。 本当は何もないのに。 この効果は、あと二首使われています。 くれなゐの若菜ひろがる鉢植の牡丹の蕾いまだなかりけり 春雨をふくめる空の薄曇山吹の花の枝も動かず この二首ですね。 今度は未来の想像から、映像がしぼみます。 まさに、「くれなゐの」でやったのと同じことをもう一度、ここでやらされます。 「くれなゐの…牡丹」とくると、なぜか、ぼくらは、「くれなゐの若菜」ではなく、「くれなゐの牡丹」のような気がします。 ところが、「牡丹の蕾」ですから、「なんだ、つぼみか」とちょっと時間が巻き戻され、「いまだなかりけり」で、「おお、今は何もないのか…」と現在に戻されます。 でも、子規の頭には、未来に咲く牡丹、そして未来につくはずの牡丹の蕾もきっちりと想像されているわけで、読者はそこに連れて行かれるんです。 「春雨」も、ちょうど「くれなゐの」を受けています。 だから、前回の歌は、少なくともこの二首と合わせて鑑賞したいですよね。 「ふくめる」と言われても、前回の歌があると、やっぱり降ってますよね。 空を見ているはずなのに、なんとなく薔薇の芽も想像してしまうのは、連作ならではの効果だと思います。 そしてこの歌、「嵐」を想像してません? 「山吹の花の枝も動かず」だからです。 日本語っておもしろいですよね。 本当は、「何も起こっていない」。 でも、「枝も動かず」と書かれると、「枝が動く」様子を想像させられたうえで、「まだ動かない」というイメージになるんです。 前に、「春雨」「薄曇り」とやられてますから、「枝が動く」で「嵐になるな」って思っちゃうんです。 これも子規の未来の想像。 こうして、ぼくらは、子規の見たものだけではなく、見てきたもの、想像しているものまで、追いかけていくんです。 余計なことですが、これが日本語の力。 英語だと、こうはいきません。 なぜなら、たいていの場合、 There is not There are no と否定語が先にくるんです。 動詞の前、形容詞の前にも、notが来てしまいますが、「ない」と書いて、次にもってくるのと、先に、あるように書いて、最後に打ち消すのでは喪失感が違います。 こういうのも翻訳の不可能性。 詩のコトバを翻訳するというのは、こういう具体的局面でも非常に難しいことなんです。 慶応文学部受ける人は必須の知識ですよ。 正岡子規のもうひとつの教科書作品「瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみ上にとどかざりけり」 さて、こんなことがわかると、ほかの歌ってどうなっているんだろう、なんて気になりますよね? 気になってくれたら、うれしい。 気になってないなら、私の力不足。 子規ファンのみなさん、ごめんなさい。 子規の有名な、というより、教科書に載っている歌といえば、 瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり ですよね。 先生が、「正岡子規は実は寝たきりでね、だから、この『とどかざりけり』には、そういう残り少ない命のようなものがこめられているんだよ」なんて説明をして、「歌って難しいなあ。 とても、ぼくはそんなことに気付けないなあ」なんて思ったことはないですか? というわけで、発表形です。 病床六尺 夕餉したためおはりて仰向けに寝ながら左の方を見れば机の上に藤を活けたるいとよく水をあげて花は今を盛りの有様なり。 艶にもうつくしきかなとひとりごちつつそぞろに物語の昔などしのばるるにつけてあやしくも歌心なむ催されける。 斯道には日頃うとくなりまさりたればおぼつかなくも筆を取りて 瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり 瓶にさす藤の花ぶさ一ふさはかさねし書の上に垂れたり 藤なみの花をし見れば奈良のみかど京のみかどの昔こひしも 藤なみの花をし見れば紫の絵の具取り出で写さんと思ふ 藤なみの花の紫絵にかかばこき紫にかくべかりけり 瓶にさす藤の花ぶさ花垂れて病の床に春暮れんとす 去年の春亀戸に藤を見しことを今藤を見て思ひいでつも くれなゐの牡丹の花にさきだちて藤の紫咲きいでにけり この藤は早く咲きたり亀井戸の藤咲かまくは十日まり後 八入折の酒にひたせばしをれたる藤なみの花よみがへり咲く おだやかならぬふしもありがちながら病のひまの筆のすさみは日頃稀なる心やりなりけり。 をかしき春の一夜や。 「六尺」というのは180CM。 要するに、彼の病床の大きさ。 そこを離れられないということでしょうか。 説明はたっぷりあります。 彼が病気であること、仰向けに寝ていること、最近は歌を詠む気にもならないこと、病気はあまりよくないこともあること、こんな風に歌を詠む気持ちになることはめったにないこと…。 そうなんです。 先生が話していたことは、子規が読者に説明していたことなんです。 この中で、あの歌を解釈すればよい。 それだけだったんですね。 さあ、現実の彼の目の前にあるものは? そうです。 仰向けに寝ている自分。 机の上の瓶にさした藤の花。 しいて言えば、「書(ふみ、本でしょうね)」。 これだけ。 瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみ上にとどかざりけり 瓶にさす藤の花ぶさ一ふさはかさねし書の上に垂れたり この2首ではじまりますが、たしかにこれは現実の藤の花。 そこから、子規の想像が始まりますね。 古都、絵の具をとりだして書く、濃い紫の絵の具を書く自分…そんな想像から、 瓶にさす藤の花ぶさ花垂れて病の床に春暮れんとす それができない自分にすっと戻ります。 でも、また想像は飛躍。 去年の亀戸の藤、元気だった自分。 元気でない自分。 咲くだろう牡丹の花、咲いていない牡丹の花(きっと目の前にはないですよ。 庭にあるんです。 夜だしね。 )亀戸の今年咲くだろう藤の花、咲いていないだろう今の亀戸の藤… 八入折の酒にひたせばしをれたる藤なみの花よみがへり咲く と、また現実に戻る。 現実は、病の床で、動くこともできず、絵にかくこともできず、ただ仰向けに寝ている子規。 でも、ぼくらは子規と一緒に、• 古都を旅し、• 藤の絵を書き、• 去年の亀戸の藤を見に行き、• 咲いていない牡丹の花を見、• 咲くだろう亀戸の藤を見に行き、• 咲いていない亀戸の藤を今見に行く、 という旅に出たのです。 「をかしき春の一夜」ではありませんか? というのが、連作を鑑賞するということ。 そうなってくると、啄木や晶子の歌ってどうなるわけ?とか知りたくないですか?このあたりは、近代に完成する俳句と違って、再生する必要のあった和歌の特徴なんですが、それこそ俵万智さんにまで連なっていくひとつの流れだと思います。 歌は、物語のように、饒舌に語りだしていくのです。 manebi.

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