貴景勝 貴乃花。 貴景勝 は四つ相撲もやるべきか?、答えはノーだ

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左から貴ノ富士、貴源治、、貴乃花親方 「貴景勝の大関復帰がかかる大事な秋場所だが、場所前から千賀ノ浦部屋には、微妙な空気が流れていました」(スポーツ紙相撲担当記者) 所属する十両の力士・貴ノ富士(22)による2度めの暴行事件が明るみに出たのは、秋場所が始まる5日前、9月3日のこと。 だが、「それだけが原因ではない」と前出の記者が続ける。 「貴乃花の廃業宣言で、旧貴乃花部屋の力士を押しつけられた千賀ノ浦部屋は現在、もとから部屋にいる力士7名、旧貴乃花部屋から移った力士7名と半々の状態。 だが関取の数は、千賀ノ浦勢が、隆の勝1人のみに対し、旧貴乃花勢は貴景勝、貴源治、貴ノ富士(謹慎中)の3人。 だがいま、彼らの恩知らずな態度が、怒りを買っているという。 「いまや貴景勝を筆頭に旧貴乃花部屋勢は、親方の言うことにほとんど耳を貸さない。 先場所、カド番だった貴景勝は、右膝の怪我のために休場して、大関から陥落した。 その際、『出たい』と言う貴景勝に対して、親方は『秋場所で10勝すれば大関復帰がかなうのだから、今は休め』と諭したが、貴景勝は拗ねてしまい、休場を決めるのに半日かかった。 こんなこと、親方の言うことが絶対の角界では、異例のことですよ」(協会関係者) そこで怒りの矛先を向けられているのが、元貴乃花親方・花田光司氏(47)だ。 「引退した貴ノ岩に貴ノ富士……旧貴乃花勢は暴力事件ばかり起こす。 しかも今回、貴ノ富士の被害に遭ったのは、もとから千賀ノ浦部屋にいる力士。 暴力を振るうわ、親方を無視するわ、貴乃花は『礼節を重んじて教育してきた』と語っていたが、『いったい、何を教えてきたんだ!』と多くの関係者が怒っています」(千賀ノ浦部屋関係者) 9月10日の稽古終わり 本誌は秋場所が始まってから、朝稽古を連日取材した。 9月10日、稽古後にお神酒を注ぐ千賀ノ浦親方を見守るのは隆の勝ら、もとから千賀ノ浦部屋所属だった力士だけで、旧貴乃花勢は稽古終わりに親方への挨拶もなかった。 また別の日、貴景勝と貴源治(22)が、2人では笑顔で話すものの、隆の勝(24)が会話に加わることは皆無。 さらに貴景勝らは、千賀ノ浦親方とは会話どころか、目を合わせることもなかった。 9月12日の稽古後、千賀ノ浦親方を直撃した。 彼のペースを崩したくないですからね」 ここまでは丁寧に答えてくれた親方だが、「貴景勝と不仲といわれているが」と聞くと、表情を一変させ、「えっ、何? そんなことあるわけがない。 話になりませんよ」と言葉を残し、稽古場を後にした。 ガチンコは土俵上だけであってほしい。 (週刊FLASH 2019年10月1日号) 外部サイト.

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貴景勝「心の中では貴乃花親方の考え方を忘れず」

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大越 貴乃花さんにとっても、ハワイ出身の巨漢力士たちに立ち向かう日々というのは、非常に厳しいものではなかったかと思います。 特に小錦、曙、武蔵丸。 そうしたライバルたちとは、どのようにして向き合っていったんでしょうか? 貴乃花 そうですね。 彼らとの相撲は、日本人の大きな力士とやるのとまたわけが違いましてね。 土俵で向かい合った時に、彼らの向こう、後ろの景色が見えない、そう感じたのがあの3名なんですね。 やっぱり育った環境も、食べてきたものも違いますし、体力的なもの、素質的にも全く日本人と別物というんですかね。 体は柔らかくて大きいんですけど、器用に動けるんです。 私としてはそういうところを全て把握して、365日の稽古で頭に叩き込んで、常にイメージトレーニングといいますか、想像して稽古にあたるといったところでした。 大越 しかしまあ、彼らも立派といいますか、全く風土の異なる日本に来て力士の世界に入って、あそこまで上り詰めるわけですからね。 そのライバルたちに対するリスペクトの気持ちもお持ちだったんでしょうか? 貴乃花 そうですね。 やっぱりアメリカ本土とは違うハワイ州というところで育ってきた彼らは、肌の色も体の大きさも違うんですけれども、どこか日本的な感じもありました。 モンゴル力士ともまた違う感じです。 すごく日本の教えを重んじるというのは、もしかしたらハワイの方々と日本と密接してるところなのかなと。 だからあの3名が「ハワイの英雄」として相撲界に出てきたのかな、と思っていましたね。 大越 貴乃花さんの引退から現在に至る平成後半は、朝青龍関、さらに白鵬関の時代でした。 日本の相撲、大相撲のグローバル化と言いましょうか、色んな国から相撲界にやってくる中で、特にモンゴルの方が活躍しましたね。 そして、長く日本出身横綱のいない時代でもありました。 ご自身も日本出身の横綱として、日本出身の力士に頑張ってほしいっていう気持ちは、どこかでお持ちではありましたか。 貴乃花 私の同期でやってきた、あの四つ相撲の怪力・ 魁皇関が横綱になれなかったのは、やっぱりこう…、彼も横綱に上がれればよかったなと、今も思います。 元横綱という経歴がつくわけですから。 私が引退してからは、久々にワクワクしたのは 稀勢の里(現・荒磯親方)でしたね。 「あ、これは稀勢の里が順調にいけば面白くなるだろうな」っていう期待は、いつも持っていました。 大越 日本出身力士の中でも、やっぱり稀勢の里は早くから目についた逸材だったんですか。 貴乃花 そうですね。 彼ははじめ若の里(現・西岩親方)の付き人をやっていたと思うんですよ。 同じ一門ということで若の里も気になっていたんですが、その横にポツンといたのが当時の萩原(稀勢の里)でした。 大越 なるほど。 その当時の萩原青年はどんどん番付を上げ、稀勢の里となりました。 でも、力があると言われながらなかなか大関、横綱という階段が遠かったですよね。 その姿は、どんな風にご覧になってましたか。 貴乃花 やっぱりあの、「優しい子なんだな」という風に見てました。 だからなかなか…大事なところで勝利を逃したり、といった印象でした。 やっぱり私はひとりの、「陰ながら」の稀勢の里の応援者として、彼にとって本当に晩年でしたけれども横綱に上がってよかったなと感じております。 貴乃花さんが陰ながら期待をかけていた稀勢の里。 若くして関取になりながら、横綱に昇進したのは30歳を超えてから。 当時はまさに同年代の白鵬、日馬富士、鶴竜らモンゴル出身横綱が土俵に君臨していた時代。 その中で戦い続けた稀勢の里への思いを、貴乃花さんは深い敬意をもって語った。 大越 日本出身横綱がなかなか登場しない中で、角界も不祥事があり苦しい時代がありました。 その時期を支えてきたといえるのが、やっぱりモンゴル出身力士たちの強さだったように思います。 色んな意見がありますけれども、当時は親方としてどのような思いで彼らを見ていらっしゃいましたか? 貴乃花 そうですね。 もちろん、モンゴル勢が日本で活躍してくれたことには感謝しています。 ただそこでも思うんですけれど、やっぱり稀勢の里の存在は、どこか大きかったようにも感じます。 上位の全てがモンゴルの力士という風になってしまいますと、どこかで大相撲ファンの皆さんが、面白くないと感じる状態になってしまった可能性が高いと思うんです。 けれどもそこに、稀勢の里がひとりで上位の力士として向かっていく時代が長かったですよね。 そこは稀勢の里にとっては、辛かったろうなと思いますね。 大越 稀勢の里がひとりで重荷を背負い込む形になってしまった。 貴乃花 そうですね。 まだ横綱になる前から期待度が大きくて、大変だったと思います。 大越 稀勢の里は、2回目の優勝をしたあとに長い休場もありました。 連続休場のニュースになるとその都度、貴乃花さんの連続休場がその比較に出されていましたね。 あの長い休場をしながらも、でも意地で続ける、土俵に上がりたいという、あの時の稀勢の里の気持ちは痛いほどわかったんじゃないでしょうか。 貴乃花 ええ・・・。 だから休んでる時が一番辛かったと思うんです。 土俵に戻りたくても戻れないっていう時がね。 ただね、再三私も新聞なんかで質問された時に、稀勢の里のあの取組内容を見て、遠回りですが「応援」というか、まあメッセージを送ってたんです。 要は、稀勢の里という力士は若い頃は、どちらかと言えば「おっつけ」、「突き放し」のような離れて取る相撲が得意で、一番強かったんですね。 一方で、さっき話に出たように、魁皇関はあれだけの四つ身の型で強さを持っていても大関だったわけです。 それを稀勢の里に遠回しのメッセージで送っていたんです。 離れて取る相撲を取ればもっと早く上がれるような印象だったんですけどね。 四つ相撲で稀勢の里が受け身になってしまうと、当然怪我をしやすいんでね…。 今だから言えることですが。 でもね、野球少年だった子が若くして大相撲に入って、17歳で幕内に上がって勝ち越してっていったことは、なかなかできないわけで、 やはり彼は「稀に見る存在」だったと思います。 去年、貴乃花さんの相撲協会退職により、貴景勝ら元・貴乃花部屋の力士たちは千賀ノ浦部屋へ移籍していた。 貴乃花さんにとっては、入門から指導をしながら道半ばで離れることのなった元・弟子であり、自身が指導した中で初めて生まれた大関でもある貴景勝。 貴乃花さんは貴景勝をどんな眼差しで見ているのだろうか。 インタビューが行われたのは春場所前の今年2月。 自然と話題は、初場所で大関昇進の目安と言われる「3場所で33勝」を達成しながら昇進が見送られた、貴景勝の相撲についての話へと移っていった。 大越 貴乃花さんの弟子であった貴景勝関なんですけれども、決して上背がない力士ですが、とにかく下から激しく、とにかく無心に攻める相撲が取れた時は本当に強いですよね。 貴乃花 そうですね、あの、 理解力ある子ですので。 大越 理解力。 貴乃花 はい、1つ教えると3つ4つをやる。 私の弟子の中でも、食らいついてでもやるっていうところがありました。 貴景勝の十両昇進会見でのふたり 大越 なるほど。 元・師匠の目から見て、彼の理想の形として、やはり押し相撲ですか。 貴乃花 離れて取る相撲ですね。 大越 去年の九州場所は優勝、そして二場所連続で二けた勝利をしました。 3月は大関のかかる場所になってきますね。 元・師匠の目から見て、彼の持っている資質というのは、大関に値するものに来ているでしょうか? 貴乃花 なると思います。 また、貴景勝の活躍で他の若い力士が力をつけてくるような気がします。 現状で言えば、初場所の千秋楽で勝利できずに三場所33勝で終わってますけれども、まあ、33勝って大体大関昇進のもう当確ラインですのでね。 ここが正念場だと思います。 次の場所を何番っていう数字に走るのではなくてですね、彼の将来性を見せるというか、入門したての頃から気力と気迫を持って土俵で培ったものに目を向けられれば、昇進の芽は充分にあると思います。 大越 しかし、初場所千秋楽では大関・豪栄道関に敗れて、昇進も見送られました。 初場所千秋楽、豪栄道に敗れる貴景勝 貴乃花 あの一番は、今後彼が強くなるために、貴景勝にとっては人生で最も大切な一番だったと思います。 あの子の人生があの一番で岐路に立ったっていうことですね。 大体それで、なかなか上に行けないということもよくありますので。 あの一番、もしいつも通りの相撲を取って勝利をおさめていたならば、間違いなく大関の地位に立ったと思うんですけど、逆にそれが良くない結果になったかもしれない。 大関になって、大関で終わるという道になったかもしれない。 だから、大関に上がらなかったことを人のせいにするか、自分のせいにするか、そういう岐路に立ったのだと思います。 大越 大関昇進をかけた一番というのはそれだけ重いものだと。 貴乃花 いや、貴景勝が力士として何を目指すかっていうところがあそこで出ましたので、今後を左右する一番だったいうことです。 大関に上がれた、上がれなかったっていうのは、もう時の運もありますしね。 それに、おこがましいことですが弟子たちに言ってきたんですよ。 それは私も精神的に宿してきたことなんです。 ただ、今は側にいて指導することができませんので、そこは本人がこれから切羽詰まった状態で、来場所初日からその思いを持ちながら、でも表情ひとつ出さずに相撲を取れるかですね。 大越 元親方から見て、大関横綱へと昇進していくのに必要なものは何でしょうか。 貴乃花 大関になれるとかなれないとか思った時点でもう、将来はなくなりますね。 克己心という、自己を征服する能力がどれだけあるかっていうことです。 それは日々の鍛錬なので、今からやっても遅いぐらいです。 いかに日々の生活から遊びをなくして、全てを土俵に向けられるかというところですね。 逆にそれがわかっていなければ、これで先はないと思うくらいの、豪栄道からの負けはそれだけの一番だったと思います。 大越 ファンとしては貴景勝関には次世代の旗頭のような存在として期待してしまいます。 やっぱり愛弟子として育てられてきて、今見せている成長というのは、自分の描いた通りでしょうか。 それ以上でしょうか。 貴乃花 私が指導教育してきましたので、昇進してほしいとか応援するとかそういう目線はなくてですね。 全ての人生を賭けて土俵に向き合えるか、そこで生き様をいかに残せるかということですね。 地位や名誉はもちろんありますが、一度ぐらい優勝しただけで、そこから向上できなければ、「貴景勝はあの一番が境目になったね」と言われるわけです。 たぶん、彼がいくら勝っても私は満足しないと思います。 なので、とにかく高みを目指すということです。 その上で、次世代の力士たちに、貴景勝の背中を見せられるような力士になってもらいたいなと。 そう思いながら、彼のことはずっと見ていくんだと思いますね。 春場所千秋楽、大関・栃ノ心を破る貴景勝 冷静な口ぶりの中にも熱い相撲への愛をほとばしらせながら、インタビューに応えてくれた貴乃花さん。 しかし、彼はもう大相撲の世界の人ではない。 日本相撲協会を退職して数か月。 自ら「親方から引退」と表現した相撲界との別れを経て、次の時代に彼が見据えるものは何か。 それはどうしても聞かなければならなかった。 そこで話されたのは二つのこと。 一つは守るべき文化としての相撲。 そしてもう一つはこれからも相撲が続いていくための組織についての考えだった。 大越 あの、我々ファンからすると残念ながらといいますか、貴乃花さんは日本相撲協会を離れられましたよね。 これからは相撲を、日本相撲協会の外からご覧になっていく。 しかし相撲愛は衰えていませんよね。 どんな風にこれからの相撲界に貢献をしていきたいという思いなんでしょうか。 貴乃花 そうですね。 まあ私が将来、角界に戻って仕事することは今後もありえません。 ただ私が今まで土俵で学んできたことをお子さんたちに教えていくとか、または広く世の中に「稽古と練習の違い」というか、稽古の中に自分を知るという鍛錬法、そういうものを少なからず教えられたらなと思いますので。 大越 「稽古と練習の違い」ですか。 それはどういうことなんでしょう? 貴乃花 スポーツだと練習するところはトレーニング場、となりますけれども、相撲を含め武道では稽古の場に神棚がありまして、全て神事なんですね。 稽古というのは、神の宿る場所で鍛錬するということです。 目に見えないものに向かっていくんですね。 だから競技を引退しようが、一生奉げるもの、自らに課していくものが稽古の意味だと思います。 そして、国技館の大相撲の土俵は 「神が宿る場所」なわけです。 そこで行われるのは、スポーツじゃなくて神事。 その中で、頭と頭でぶつかり合う、あれだけの破壊力ある競技をやるっていうのは、死ぬ気でやるべきもの、真剣勝負を神に捧げるということなんです。 その後にファンの皆様に喜んでもらうという、その順番さえ狂わなければよろしいかなと思います。 そんな力士がまた数多く輩出してくればまた面白い相撲が増える、存続はしていくと思います。 大越 非常に奥深い、一生続くことを今の若い力士達は、毎日稽古場でやってるわけですね。 貴乃花 はい、いわゆる死ぬまで。 人間誰しもそうです。 死ぬ瞬間もそうかもわかりませんしね。 目に見えないものに、高い精神性を抱いてぶつかっていく、これが神棚のある場所で鍛錬するっていうこと、相撲における稽古のような気がします。 やっぱり相撲は神事として、大相撲という文化はこの国にはなくてはならないものだと思うんです。 日本人として、どの国どの社会にいても、相撲の持つ「精神性」はどこかに持っていていただきたいなと。 日本には大相撲という精神性の高い文化が存在してることを誇りに思って、これから海外でも活躍していただく、そんなお子さんたちの育成に携わっていけたらなと思います。 貴乃花 どんな組織もそうだと思うんですけど、 「なり手」が少なくなれば組織の存続は危ぶまれるというものです。 言いかえれば、結局は育成です。 健全な心を持った青少年を育てるという、そこにしか存続の「核」となるものはないと思うんです。 少子化の中で、いかに相撲に興味を持ってくださるお子さんがいらっしゃるか、ここは大きなことだと思います。 少年相撲をやって、学生まで相撲をやってる子たちが力士になる割合は、そんなに高くないんですよ。 必ずしも全員が全員力士になるというものではないと思いますのでね。 学生相撲の指導者になっても、自分が力士になるかというのは別なんですね。 日本で育った日本人の子が、これから横綱や大関を目指していくかというのは、 なり手となって入門する子どもたちがいかに希望を持って入る社会に相撲界がなっているか、それが大きなところだと思います。 大越 つまりセカンドキャリアも具体的にしていかないとですよね。 相撲界に限らず、プロスポーツをやってる人間が、引退したら具体的に食べるツテがないという話は多い。 そういうところを考えてあげないと、やっぱり親御さんがその世界に子供を入れられないですよね。 ご自身は、それについて具体的には活動されてらっしゃいますか? 貴乃花 はい、これからしていきます。 貴乃花 私も土俵に育てられた人間ですのでね。 例えば組織を経営するにしても何しても、やっぱり 大相撲の世界にいた人間がビジネス感覚を学ぶ、身につけるっていうことは、これはもう必要なことだと思います。 それに、これだけスポーツが盛んになって、プロスポーツも組織されていますと、相撲のように「武芸、武道、武術」を選んで学ぶ人がどのくらいいらっしゃるのか、といったところになると思います。 結局どの世界もなり手がいて、そこを誰か引き継ぐ者が出てきて、そこから次の世界に飛び立って、旅立っていく人がいて、色んな人間交流が生まれると思います。 それが大事なんじゃないでしょうか。 相撲協会の中からではなく、外から。 貴乃花さんはこれからも相撲への熱いまなざしを持ち続けてくれるはず。 彼の口から出たのはそう感じさせる言葉たちだった。 こうして、「平成の大横綱」と向き合ってインタビューした時間は、平成の30年間を振り返るという壮大なテーマにもかかわらず、あっという間に過ぎた。 大越 お聞きしていて、本当に面白いお話ばかりでした。 貴重な話をありがとうございました。 貴乃花 いえいえ、とんでもない。

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貴景勝が継承した「貴乃花魂」。元親方との4年間で得たもの|その他競技|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva

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貴乃花一門にいた他のメンバー、悔しいだろうな。 3月の年寄総会で、貴乃花親方を解任だけはしないで くださいと、嘆願書を出したのは、千賀ノ浦親方だけ でした。 今年に入ってから、浮いて全く連合稽古 できなくなった貴乃花部屋に声をかけてくれたのも、 千賀ノ浦親方だったと思います。 良いことをすると 良いことが返ってくるのですね、、 弟子たちを急に押し付けられてかわいそうにと 報道されていましたが、千賀ノ浦部屋は潤いますよね。 幕下以下の力士は1人につきいくらって 助成金がでて部屋が潤うし、十両以上は 看板にはなるけど、部屋が潤うわけではない、、 でも、移籍してすぐ優勝とは、すごい。 今迄、千賀ノ浦部屋の関取は、隆の勝1人。 逆に隆の勝は、負け越してしまいました。 でも、優勝杯を渡されるとき、阿武松親方も 土俵上にいたけど、涙ぐんでたな、、 貴乃花は田川の祭りで記者の質問に、 「元弟子たちと心が通じているかどうかは 九州場所の結果を見てみないとわからない」 と今月の初めに答えていました。 貴景勝の優勝の挨拶で、 「新しい部屋で一生懸命頑張っていくことが つながると思って日々やってきました」 と話していました。 つながるっていうのが、結果につながるのか 貴乃花につながるのか、どっちなんだろうと 思ったけど、貴景勝と心が通じていたのは 間違いないだろうな、と感じています。

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