カンパネラ 楽譜。 【楽譜】ラ・カンパネラ(「パガニーニによる大練習曲」より 第3曲 嬰ト短調) / リスト(ピアノ・連弾譜/中級)リットーミュージック

これで攻略!リスト『ラ・カンパネラ』難易度と弾き方のコツ!

カンパネラ 楽譜

『パガニーニの「ラ・カンパネラ」の主題による華麗なる大幻想曲』 [ ] Grande Fantaise de Bravoure sur "La Clochette" de Paganini, S. 420 『パガニーニの「鐘」によるブラヴーラ風大幻想曲』とも呼ばれる。 からにかけて作曲され、に出版された。 「ラ・カンパネッラ」を扱った最初の作品である。 のヴァイオリンの演奏を聴き、大きな衝撃を受けたリストが「僕はピアノのパガニーニになる!」と決意し、自らの技術を磨き上げて作り上げたと伝えられる。 詳しくはを参照。 テレビ番組の企画に出演したはこの曲について番組内で「即興から生まれているとしか言いようがなく、右手で弾いたらなんでも無いのに左手を交差するように指示していたり、音でも視覚でも魅せるように意識して、わざと難しくなるように楽譜に書き添えていて、(リストは)真のだったと思う」と語っている。 『パガニーニによる超絶技巧練習曲』第3番 変イ短調 [ ] Etudes d'Execution Transcendante d'apres Paganini, S. 140 に作曲された、全6曲からなるの第3番。 録音を行っているピアニストは、作曲から170年以上経っている現在においても僅か6名のみである。 この版ではパガニーニの第3楽章のロンドの主題も用いている。 詳しくはを参照。 『パガニーニの「ラ・カンパネラ」と「ヴェニスの謝肉祭」の主題による大幻想曲』 [ ] Grande Fantaise Variations sur des themes de Paganini - La Clochette et La Carnaval de Venise - First Version S. 700i に作曲された。 改作版の『パガニーニの主題による大幻想曲』S. どちらも演奏の機会は無いに等しい。 レスリー・ハワードのリスト全集にのみ収録されている。 『パガニーニによる大練習曲』第3番 嬰ト短調 [ ] Grandes Etudes de Paganini, S. 141 に作曲された、最も有名な版。 『パガニーニによる超絶技巧練習曲』を改訂した『』の第3曲にあたり、異名同音ので書かれている。 今日「ラ・カンパネッラ」として演奏されるほぼ全てがこの作品となる。 ラ・カンパネッラの左手の跳躍の例。 一気に約3オクターブも下がり、二音の鍵盤の距離は46cmに達する リストは曲全体の構成を洗練し、ピアノの高音による 鐘の音色を全面に押し出した。 全体として、器用さ、大きい跳躍における正確さ、弱い指の機敏さを鍛える練習曲として使うことができる。 最大で15度の跳躍があり、この跳躍を16分音符で演奏した後に演奏者に手を移動する時間を与える休止がないまま2オクターブ上で同じ音符が演奏される。 ほかにも薬指と小指のトリルなどの難しい技巧を含む。 A(嬰ト短調)-B()-A-B-A-B-A-コーダの簡単なで書かれている。 用いられる楽想はこれまでの「ラ・カンパネラ」やパガニーニの原曲と比較しても限定されているが、主題が登場する度に様々な装飾を加えることによって単調さを避けている。 冒頭 La Campanella, performed by Romuald Greiss, 2000• うまく聞けない場合は、をご覧ください。 関連項目 [ ] 《パガニーニの「ラ・カンパネラ」の主題による華麗なる大幻想曲》を演奏したピアニスト [ ]• テレビ番組内において一部のみ演奏 《パガニーニによる超絶技巧練習曲》第3番を演奏したピアニスト [ ]• Elisa Tomellini 《パガニーニによる大練習曲》第3番の演奏者として名高いピアニスト [ ] 日本以外 [ ] あ行• 日本 [ ] あ行• この曲をCMに使用 [ ]• この曲を劇中曲に使用 [ ]• アニメ(第3話 - 第5話、第10話、第12話) この曲をゲームに使用 [ ]• - アレンジを加えて「La Campanella Nu Rave」として収録。 フランツ・リストがコンポーサーとしてクレジットされている。 - アレンジを加えて「Thor's Hammer」として収録。 「ユニバーサル度胸兄弟」(とによる共作)のアレンジによる。 - アレンジを加えて「ラ・カンパネラ」として収録。 リストがコンポーザーとしてクレジットされている。 参考文献 [ ]• Leslie Howard: "The complete music for solo piano, Vol. 140, S. 141を収録 の(Leslie Howard, 1998)• Leslie Howard: "The complete music for solo piano, Vol. 55 — Grande Fantaisie" S. 420, S. 700を収録 の Leslie Howard, 1998 外部リンク [ ]• の楽譜 -。 として無料で入手可能。 の楽譜 -。 として無料で入手可能。 の楽譜 -。 として無料で入手可能。 - ピティナ・ピアノ曲事典• - by uploaded on 2006年08月26日• - by Evgeny Kissin uploaded on 2007年04月29日• - by Kemal Gekic, uploaded on 2007年06月23日• - by uploaded on 2011年09月20日• - by uploaded on 2008年09月22日.

次の

ラ・カンパネラ

カンパネラ 楽譜

「ラ・カンパネラ」はピアニストも演奏を避けるほどの超難曲です。 超難曲とはいえ、ピアニストなら弾けないということはありません。 私達からすれば充分過ぎるほど弾けているように見えても、自身の演奏に納得がいっていなかったり、そもそもこの曲が好きではなかったりするため、レパートリーに入れないということです。 ピアニストにもいろいろなタイプがあり、メロディックな曲が得意なピアニストもいれば、テクニック的な曲が得意なピアニストもいます。 他にも、得意な作曲家の作品ばかりを弾く偏った選曲をするピアニストもいれば、逆にどの作曲家の作品も弾くオールマイティーなピアニストもいます。 「ラ・カンパネラ」をレパートリーにしているピアニスト達はテクニック的な曲がとても得意な方達が多いです。 この曲はピアノのある機能が向上したことにより、それまでは出来なかった演奏が可能になったため、作曲することが出来ました。 前回、は書かせて頂きましたので、今回はピアノの発展について触れながら難易度と弾き方のコツをお教えします。 ピアノの発展は、ただ音域が広がっただけじゃないんです!! 1700年頃に作られた「グラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」(通称、ピアノフォルテ)は、音の強弱が演奏者のタッチによってコントロールできるという、当時としては画期的な楽器でした。 ピアノフォルテは、イタリア(フィレンツェ)のメディチ家お抱え楽器製作家だったクリストフォリが製作しました。 この楽器が現在のピアノの原型と言われています。 初めから現在のように広い音域があった訳ではないということは、皆さんご存知でしょうか。 当初は狭かった音域は、次第に広がっていき、現在の88鍵になりました。 時代による音域の変遷を作曲家と照らし合わせてご紹介します。 クリストフォリの発明を基にそのアクション(発音構造)も時代とともに発展し、現在のピアノの構造に至りました。 ピアノのアクションには、元々ウィーン式とイギリス式の2種類がありました。 モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマンなどの作曲家がウィーン式アクションを使用したピアノを愛用しました。 イギリス式のピアノの発展は、ショパンやリストの作品に大きな影響を与えました。 リストのような超絶技巧を得意とするピアニスト達が現れると、聴き応えのある演奏にするため、より大きな音量が出せるピアノが求められるようになりました。 そのような要望を受け楽器製作者たちは、ハンマーを大きくしたり、張力の増した弦を支えるために鋳物を導入したりとピアニストの望む楽器を次々と作り出していきました。 ウィーン式は構造上の限界があり、そのような発展にはついていけず、20C初め頃に事実上消滅してしまいます。 そのため、特別な機会がない限り、現在私たちが手にするピアノはイギリス式アクションによるものだけになってしまいました。 残念ですよね!しなやかに歌わせることができる、ウィーン式アクションのピアノの音色を感じてみたかったですね!! リストの演奏は激しかったようで、リサイタル時にハンマーが折れたり、弦が切れたりしていたため、あらかじめ何台ものピアノを用意していたそうなんです。 ウィーン式アクションにも関わらず唯一、ベーゼンドルファーのピアノだけが無事だったそうです。 そのことがきっかけとなり、ベーゼンドルファーは壊れにくいピアノを作るメーカーとして一躍有名になったそうです。 (ベーゼンドルファーは元々ウィーン式アクションでピアノを製作していましたが、のちにイギリス式に転向したため、現在も残っています。 ) ハンマーが折れるって…リストは、どれだけ叩いて弾いていたんでしょう?? リストの家はピアノだらけ!?毎年新しいピアノを貰っていた!! リストの家にはピアノ製作者から贈られたピアノがたくさん置いてあり、まるでピアノ売り場のようだったそうです。 1度だけ贈られるのではなく、毎年新品のピアノに取り換えに来たそうです。 引き取ったピアノは「リスト使用」ということで、とても高く売れたんだそうですよ。 いろんなピアノを弾き放題!!いいですね~。 しかも、毎年新しいピアノですよ!!羨ましい… たくさんのピアノを所有していたリストですが、中でもエラールのピアノとの関係はとても密接でした。 エラールによる「ダブル・エスケープメント」というアクションの発明は、それ以前のアクションよりも素早く連打することを可能にしました。 このアクションの発明がなければ、現在演奏されている「ラ・カンパネラ」は作曲されていませんでした。 素早い連打が演奏可能になったからこそ、この名曲が生まれたのです。 エラールのピアノと共にリストは、ピアノという楽器の技巧の可能性を追求しました。 リストの頃までは、作曲家兼ピアニストというのが普通でした。 しかしそれ以降は、多くの作曲家がリストと同じようにピアノの技巧の追求を行ったので、ピアニスト達はそれまで以上にテクニックの向上が要求され、作曲家とピアニストを兼任することが難しくなりました。 そのため、次第に分業が進んでいきました。 実は、現在演奏されている「ラ・カンパネラ」より難しい版が存在する! リストの「ラ・カンパネラ」はパガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章<鐘>の主題を研究し、それを基にして作曲されたものです。 「ラ・カンパネラ」とは、日本語で「鐘」という意味です。 リストは「ラ・カンパネラ」というタイトルがついたものを4曲作っています。 演奏されることはない。 現在私達が「ラ・カンパネラ」と呼んでいる曲は、1851年に作曲されたもので、 「パガニーニ大練習曲第3番」のことを指しています。 改訂される前の「ラ・カンパネラ」は、現在よく演奏されているものよりも圧倒的に難しいです。 聴くと驚きますよ! 現在よく演奏されているものは、まだマシだったなんてビックリですよね!! 「ラ・カンパネラ」の難易度はどれくらい? 難易度はもう言うまでもないと思いますが… 超を何個つけても足りないくらいの超上級レベルです!! ピアノを習いに来られたお子さんや大人の方がいつか弾きたい曲にこの曲を挙げられることが、たまにあります。 今までの人生のほとんどをピアノと過ごして来た私ですら、まともに弾けないのに…何を言ってるんだ!!と思いますが、それだけ迫力があって、魅力的な曲だということは、よく分かります。 音をかなり抜いて本当に簡単に編曲したものなら弾けると思いますが、完全版を弾くのは、はっきり言って無理です。 残念ですが、諦めて下さい! ピアニストだって避けるような曲ですからね…。 リストの身長は、180cm以上で指も腕も長かったそうです。 彼の手も、もちろん大きく、広げると10度(ド~1オクターブ上のドの3度上のミまで)が余裕で弾けたそうです。 それ程の手の大きさと指の長さがあれば、跳躍の多いこの曲も楽々弾きこなしたんでしょうね。 このような理由から、「ラ・カンパネラ」を弾くには手が大きく、指や腕が長い人が有利です。 もちろん、ただ指や腕が長いから弾けるというのではなく、そのような素質のある人が相当な覚悟でピアノ道を極めた結果、弾けるようになるということです。 こちらの全音版には解説がついており、改訂される前の楽譜も入っているので違いを比較することができます。 どこが難しい??超難曲の弾き方のコツ! どこが難しいのかは、もうたくさんあり過ぎなのですが…弾き方のコツを5つにしぼって説明していきますね。 手の大きさや手首のしなやかさは人によって違うので、必ずしもこの弾き方や練習の仕方がベストではないかもしれませんが、参考になさって下さい。 メロディーは1の指側(右手の上向きの8分音符)にあります。 (5の指側にメロディーが来る箇所もあります。 でも外さないようによく練習しましょう。 ただ指だけで弾くのではなく、手首を少しひねるようにして 手首で弾くような弾き方をマスターしましょう。 この部分を手首で弾くには、指をどこに置くかがポイントになります。 1の指と5の指を鍵盤に置いたときに、位置が真横になると手首をあまりひねることが出来ません。 手首の動きをスムーズにするには、5の指を少しピアノの蓋側で弾くようにし、1の指と5の指の弾く位置を少し変えるんです。 そうすると手首をひねりやすくなり、動きが良くなると思いますので、試してみて下さい。 スキーのジャンプのように、飛ぶ前の音でしっかり踏み込んで勢いよく飛ぶようにしてみましょう。 その時に上に飛ぶと時間ロスになります。 次の音の方へ斜めに飛んで行くようにしましょう。 距離がかなりある跳躍の箇所は、何度も何度も練習をして感覚を掴むしかありません。 手を見なくても飛べるように感覚で弾けるようになれば外しにくくなります。 この部分は、それだけでなくメロディーも弾かなくてはいけません。 まずは、トリルの練習をしましょう。 トリルを1つずつ指を上げて弾いていては、すぐに疲れてしまいます。 こんな練習をしてみてはいかがでしょうか。 次の音は勢い余って指が当たってしまった程度で弾きます。 同じように1つ目の音はしっかり弾きます。 残りの3つは1つ目でしっかり弾いた分の余力で弾きます。 指をほとんど動かさないようにしましょう。 最初はゆっくり練習しましょう。 出来るようになったら速く弾いてみて下さい。 たくさんトリルを弾くと楽に弾けるコツが分かってくると思います。 この曲の強弱記号をよく見て下さい。 フォルテの指示が出るのは、最後の2ページです。 それまでは軽くて良いのです。 最後の2ページまでに力を使ってしまわないように、我慢しましょう。 難しいと思うと力が入ってしまいますが、難しいからこそ、力を抜くんです! 力むと指と手首の動きが悪くなります。 動きが悪くなると、ミスが増えてしまいます。 それまで弾けていたのに急に弾きにくくなった時は、たいてい力みが原因です。 この曲の場合、もしかしたら納得がいくように弾けないかもしれません。 しかし、その努力は絶対ムダにはなりません。 この曲を一生懸命練習すれば、皆さんが今までに弾いて来られた曲が前よりも断然弾きやすくなっていると思います。 テクニック的に難しい曲は、作曲家からピアノを弾く者への挑戦状です。

次の

ラ・カンパネラ

カンパネラ 楽譜

素人の50代の初心者の男性が1年でラ・カンパネラを弾けるようになった事実とその背景をご紹介します。 今回は前回の記事、「50代のピアノ初心者の男性が「ラ・カンパネラ」を1年で最後まで演奏できるようになった」というお話の続編です。 ピアノを独学で練習されていらっしゃる方や、40代、50代から初めてピアノに向かわれる方にとっても参考になる話なんじゃないかと思います。 どうぞ、ご参考になさってくださいね。 この記事は、前回と同様、その方のお話をあまり加工したくなかったので、できる限り、私の質問に対して答えてくださっているそのままの文章(できる限りそのままの状態で)をここに使っています。 (本人の許可をいただいております) 本当に、初心者が独学で「ラ・カンパネラ」を最後まで演奏することができるのか? ここからは、前回の記事の続きです。 Q5,ピアノは本当に独学だったのでしょうか? Q:ピアノは本当に独学でしたか?どなたか?先生には教わっていますか? A: ピアノを始めて1年間は独学でした。 でも、1年が経過した後、1年間に5~6回程の割合で習ってます。 ラ・カンパネラの楽譜のいちばん最初から2ページまでは「光る鍵盤」で音を見つけていましたが、練習時間より音を見つける作業が大変だったので、その後、ヤマハ音楽教室に電話して「楽譜にカタカナでドレミを書いてもらえますか?」と相談したら、「お試しレッスンがあるので先生に相談されては」と言われ、練習をスタートしてから2週間たった時に音楽教室に行き「独学でカンパネラを弾こうとしてること」や私の弾きたいと思う気持ちを説明したら、その時の先生が快くドレミを書いて下さいました。 その先生から「カンパネラが弾ける様になったら弾いて聞かせてね。 」と言われ3か月後にヤマハの講師の人達の前でカンパネラを弾きました。 今はラカンパネラを最後まで演奏するのに「5分40秒」で弾けますが、その時は最後まで弾くのに「15分以上かかった」と思います。 その時ドレミを書いてもらった先生に、ピアノを始めて1年後からピアノを習うことにしました。 最初の3か月間は楽譜にドレミだけ書いてあるだけだったので、真ん中のド、高いドの区別がつかずに、オクターブ違いで演奏していたところがいくつもありました。 その時点では、ドレミを書く時に間違えて書いたドレミを間違いだと気ずかず弾いていたのです。 その半年後から、講師の中の偉い人が「音大受験専門のピアニストクラスの先生から教えてもらってはどうか?」と言われ、それから、その先生に2年間教えて頂くことになりました。 その先生には、カンパネラという曲の「奥深い演奏を教えてもらってた」のですが、当時の私には先生が言っているのは理解できましたが、ピアノを始めて2年の私には弾きこなす事が出来ませんでした。 Q6, ラ・カンパネラの曲でいちばん難しかったのはどこですか??? 最初の頃は曲の中でも苦手なところはなく、普通に弾いてましたが、いつのまにか「半音階」を早く弾くようになり、少しずつ少しずつリズムが崩れだし、早く弾こうとして指が流れていき、気が付いたら弾き直しの癖が出来て苦手意識が出来ていました。 自分の仕事とピアノの練習のバランスなどはどうしていましたか? 私の仕事は漁師なので、1年のうちの半分はとても忙しく、残りの半分はとても暇という状態です。 10月~3月までは海苔養殖の仕事が忙しくピアノを弾く暇がなくピアノもぜんぜん進みません。 逆に4月~9月の5か月間は反対に暇で、その期間は毎年コンペ3(本選合わせて)・エリーゼ音楽祭・ステップ3・発表会3(知り合いのピアノの先生の招待)・老人の慰問2など合わせたら月3回ステージに立っています。 Q8,なぜ、5年前から他の曲じゃなくて、ラ・カンパネラだったのでしょう?? 私は海苔養殖の漁師で漁師は暇な時はパチンコで夜は飲み屋が定番でした。 6年前半年でかなりの金額をパチンコで負けてしまい、パチンコを止めたら、ポッカリ穴が開いたように暇になり何かしようと考えていました。 そんな時に、テレビでフジコ・ヘミングがカンパネラを弾いていたので、妻に「カンパネラを自分の手で弾く」「発表会でカンパネラを弾いたら子供たちがビックリするだろう」と言ったら、妻は「無理・無理・絶対無理・逆立ちしても無理」と言って相手にしてもらえませんでした。 実は妻はピアノの先生をしていて結婚する前はヤマハの講師をしていて、結婚してからは独立して、今でもこどもたちにピアノを教えています。 その妻が「私が弾けないのにあなたが1年でカンパネラを弾けるわけがない」と笑いながら言ったので、 「海の男の意地でお前からは絶対習わずにカンパネラを1年で弾ける様になってお前の発表会に出てやる」と宣言したのは良いんですが、 楽譜が読めず、チンプンカンプンでしたがユーチューブで鍵盤が光る演奏動画を見つけて、妻が留守の時に秘密の練習をして密かに弾ける様になろうと頑張ったいうわけです。 やってみて気づいたのですが、カンパネラはそんな甘い曲ではありませんでした。 その後は妻のいる時も練習し、男の意地で妻からは一切習ってませんが ピアノの部屋から私の弾く音が漏れていて、妻から、その音を聞いて「粒が揃ってきたね」「今日のトリルは良かったよ」「拍の取り方が良くなったね」とか言われるようになり、 そんな感じで妻から誉められるのが楽しみになって、 いつのまにか妻から誉められる為に練習を頑張るようになりました。 Q9,正直、すごい挑戦? なぜ、いきなり「ラ・カンパネラ」だったのでしょう??? Q: いきなりすごい挑戦? 少なくとも、私のところに来た大人の生徒さん(初心者)から、ラ・カンパネラをやりたいとやりたいと言われたら、 できなくはないでしょうけど、5年以上はかかると思います。 その前に他の曲が何局もできると思いますが、どうされますか?聞くと思うのです。 なぜ、いきなり ラ・カンパネラだったのでしょう??? A: 答えを簡単に言うと、演歌は得意だったのですが、クラシックは無知で、クラシックというと、最初に書いた「英雄」「カンパネラ」「テンペスト」しか知らなかったんです。 その中から、カンパネラを選びました。 私にとってピアノの曲は全てが難曲だったので、どうせ弾くなら知ってるカンパネラを選んだだけです。 もし、最初から先生に習って、カンパネラを教えてもらう前に基本が出来てからカンパネラを教えますと言われたらピアノが嫌になってたかもしれません、 好きで弾きたいと思った曲だからどんなに難しくても頑張れたと思います。 でも、今の考えは違います。 基本練習をしなかったから分厚い壁にぶつかって壁を破れずにいます。 ウサギとカメの話で最後はカメが勝ちますね。 前の回答に関する「追加の質問」、さらに掘り下げて質問してみました。 一次が英雄ポロネーズ、二次がカンパネラ、本選がテンペストでその中から英雄を選んで(クラシックのピアノの曲はこの三つしか知らないので) 毎日、一時間半練習して一か月後に彼女の前で3ページだけ弾き Q:このときに演奏したのは何の曲だったか?覚えていらっしゃいますか? 前の質問で、高校生の時に演奏した時の話です。 演奏したことすら忘れてしまっていたのなら、「曲名」も覚えていらっしゃらないかもしれませんね?その時んお曲は何の曲だったか?覚えていらっしゃいましたか? A: 当時の彼女から英雄を3ページ弾いたと聞かされた時は私は完全に忘れていましたが、 その後、少しずつ思い出して、「音楽室でピアノを弾いていた」のと、「ピアノの横で彼女が泣いている姿だけ、うっすらと思い出した」程度です。 曲名は4年前に彼女から聞きました。 Q10:要するに「テンペスト」は形から入ったということですよね??? テンペストの曲の演奏は、要するに、形から入ったと言うことですよね? 楽譜が読めない「子供が猫踏んじゃったを弾く」のと同じスタイル。 それの曲が長い版なので、理屈としてはできないわけではないとは思いますが、それにしても根性がすごいです。 もしかしたら、形から入る何か?の経験をお持ちなのかもしれないと思いました。 例えば、野球、バスケット、剣道、柔道etc…. 運動部で何かをされていましたか? その経験が生きてきているのではないかと推測致しました。 実際のところ、どうなのでしょう? A: その通りです。 この事は書かなかったんですが、トランペット・サックス・ドラム・バイオリン等を発表会で披露してます。 トランペットは3年、ドラム2年、サックス・バイオリンは2ヶ月練習しました。 バイオリンは先生に習いましたが、他は楽譜無しで伴奏に合わせて音を探して曲にしてステージに立ちました。 私は元々左利きなので左指は最初から苦にならず、ドラムが手と足が4つに分かれてリズムを刻むので、両手で弾くのも意外とスムーズに弾けました。 運動部は柔道・水泳・空手です。 Q11:多分、今の弾き方だと、手の甲の側の前腕部分のが痛くなってくるんじゃないかと推測致します。 正にその通りで、今の時期は最低5時間練習し、多い時は7時間、海が忙しい時期でも3時間は練習しますが、5時間以上練習した時は毎晩手から腕にかけて湿布しなければ痛くて寝れません。 Q12:コンクールなどに出ようと思ったきっかけなどについて教えて下さい。 最初にコンクールに出ようと思ったのは、カンパネラが弾けるようになって1年後ですか? なぜコンクールに出ようと思ったのですか?そもそもコンクールがあるとか、ピティナという存在すら知らなかったのだと思うのですが、なぜその徳永さんがその情報を得て、そうなったのか?を教えてください。 A: 前にも書きましたが、妻の発表会でカンパネラを弾く為に練習してました。 でも、「本番でいきなり人前で弾くのは無謀」だと思い、 何処で見たかは覚えてませんが、九州新聞社主催ピアノコンクールの佐賀1次予選のポスターを見て、発表会の度胸試しと場慣れの為にエントリーしましたが、 妻から・・・ 「バッカじゃないの」普通は何年か練習して発表会に出てから上手になってコンクールに出るか出ないか迷うのに、 「いきなり1年でコンクールなんて信じられない~」と言われました、その通り私はバカでした。 Q12:初めてのコンクールでの経験談を教えて下さい。 今までは、妻の発表会も全く興味が無かったので、電子ピアノやエレクトーンをステージに運んだりはしましたが、発表会の本番を見た事が1度もありませんでした。 コンクール会場に行ったら、客席は暗くピアノだけライトが当たってシーンとした中で、淡々と演奏し、チーンとベルが鳴ったらお辞儀をして去って行く異様な光景で、なんだこの世界はと思い正直帰りたくなりました。 私の順番が近くにつれて、心臓が飛び出る位バクバク鳴って他人の演奏を聴いていたら、 「カンパネラのメロディーが思い浮かばない」。 ・・・・・ 「どうしょう」と思った矢先に、 前の前の人の演奏が止まり10秒たっても弾かずにいて、やっと弾きだしてもまた止まって「可哀想」と思いましたが私も絶対止まるだろうと思いました。 その時に、裏方のチンを鳴らす女性に、 「私はピアノを始めて1年で、初めてコンクールに出ますが、止まって頭が真っ白になったら、もう弾けませんので時間が余っていてもチンを鳴らして下さい。 」 「すぐに帰ってきますので、絶対鳴らして下さいね。 」 とお願いしてステージに上り、 最初ピアノを弾かずに鍵盤の上でエアー弾きで20秒程練習してから弾きだしました。 その時に、「妻は何をしているんだろう、まさか本番のステージ上で練習してはいないだろう」と思ったそうです。 でも、頭の中で練習してました。 弾きだしてからは止まらずに、出入りを含め5分だったので、その時の演奏は曲の半分で終わりました。 その後の2次予選通過者の発表をダメだと思いましたが待ってました。 実はそのコンクールを通過しました。 通過はしましたがギリギリ通過の小さなトロフィーを頂きました。 そのトロフィーが、おやじの挑戦の「ピアノを始めて1年」の演奏動画で映っているトロフィーです。 表彰状をステージ上でもらう時に、そのコンクールの実行委員長が私に話しかけて下さり「ピアノを始めて1年だそうですね、凄いですね。 1日何時間練習されたんですか?とか先生に習っているんですか?とか興奮されながら話されて、実は特別賞を特別に作って徳永さんにやろうと審査員や関係者の中で議論しました」と話して下さいました。 その後、帰る時にコンクールの実行委員長が私を追いかけてきて、「一緒に写真を撮って下さい」「その写真と後からインタビューをして徳永さんを紙面で紹介したいので」と言われた時は本当に夢のようでした。 1年間カンパネラを仕事以外すべてを犠牲にして最低5~6時間、多い時は8時間以上練習したご褒美を頂いたようで、生まれて最高の日でした。 多分、チンを鳴らす女性がそんな話を審査員の方に話してくれたのだと思います。 今回の独学ピアノ「テンペスト」話から、学べることって何だろう???? 今回の記事もちょっと長くなってしまいましたが、ここまでが私が徳永さんに伺った話の内容をまとめた内容です。 できる限り、本人のニュアンスなどを伝えたかったので原文を使わさせていただくようにしてあります。 この徳永さんのお話からは、「大人が独学でピアノを演奏できるようになるまでには」というヒントがたくさん隠れていますので、ご自身のピアノの練習のヒントになるものも多かったのではないでしょうか? この方の場合は、仕事の関係上1日に6時間以上も練習できたなど、環境的に恵まれていた点も大きいでしょうが、本人の努力もすごかったという面もあります。 だからと言って、「自分とは違う」と割り切ってしまうのではなくて、参考にできたり、「そうすれば良いのか?」というヒントもたくさんあります。 次回の記事では、この徳永さんのお話から読み取れる内容やどうやって普段の練習や自分の環境作りに活かせば良いのか?といった考察について書いてみようと思います。 次回の記事は、徳永さんの5年後という内容でお送りします。 そして、その後、メルマガにて私が感じる徳永さんの考察に関しての記事を書かせていただこうと思っています。 私の個人的な主観が入ってしまうこともあり、受け取り方は人それぞれなので、次回の記事に関してはメルマガ(鍵付き記事)で紹介させていただこうと思います。 メルマガ(無料)に登録していただければ誰でも読める記事ですので、よろしければ登録をお願いいたします。 (いつでも解除できます) ・・・・・ こんな記事もお役に立つかも???• ・・・・・・・ あなたがピアノで幸せにでいられるのをいつも応援しています。 今日も訪れていただき、ありがとうございました。

次の